14.初恋1

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14.初恋1

   帰りの馬車の中。  窓から見える公爵領の景色。それは見慣れたものだった。  私の世界は狭い。  隣の領である侯爵家と、ご近所さん(近隣の領)で構成されている。偶に他者が混ざるくらいの狭い社会で出来上がっていた。  キースの母君である先代公爵夫人と私の母は身分を超えた親友同士で、私は幼い頃からよくキース達と一緒に遊んでいた。  キースには私と同い年の弟がいる。  弟の名はユアン。  ユアンもキース同様に優秀で、私よりも余程しっかりしていた。五歳年上のキースはそんな私達の保護者的立ち位置にいたのだ。  私の母は、あまり身体が丈夫ではなく、床に臥せる事が多かった。父は婿養子の立場で王都暮らし。滅多に帰ってくることは無かった。私にとって『父親』は最も遠い存在だった。母を亡くした時も親戚の人間は誰も傍に居なくて、葬儀を執り行うのに途方に暮れていた私を助けてくれたのは公爵家の人達だった。  父は王都から戻ってくる気配すらない。母の葬式が終わった後、公爵夫人が「アザミ、これからは私達と一緒に暮らしましょう」と言ってくれた。公爵夫妻は、まるで本当の家族のように接し、育ててくれた。息子二人だけで、娘がいなかった事もあるのかもしれない。だから、尚更可愛がってくれたのだと思う。  公爵夫人は親友に母にそっくりな私を溺愛して、事ある毎に贈り物をしてくれた。  容貌は瓜二つと、母を知る人達は口を揃えて言った。  儚げな印象の強い母と健康が取り柄のような私とでは似ても似つかないと思う。  もっとも、そう思っているのは私だけだった。 「アザミはおばさんによく似てるよ」  ユアンも公爵夫人と同じことを言う。「何処が?」と聞くと「愛情深いところ」と応えてきた。え?そうかな? 「自分では分からないものだ」  寂しそうに言うユアンに何も言えなかった。  そういえば、ユアンは私の母に懐いていたなと、ふと気が付いた。  ベッドから起き上がれなくなった母のために一緒に花を摘んでくれたりした。ぶっきらぼうに見えて優しいのだ。  同い年の遊び友達。  私がユアンに恋をしなかったのは、なにかと近過ぎたせいだ。  大人になって振り返ると、まるでお膳立てされたかのような関係だと気付く。  母や公爵夫妻は私とユアンが結婚する事を望んでいたのかもしれない。  キースがいなければ、きっと私はユアンと結婚していただろう。  恋愛関係に発展しなくとも――  私にとってキースはヒーローのような存在。  泣いていると、いつも助けに来てくれる。  喧嘩をすると、必ず仲裁してくれる。  困っている時は、いつだって力を貸してくれた。  初恋だった。  甘酸っぱく苦い初恋。
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