8.元夫side

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8.元夫side

 アザミと出会ったのは、とある貴族の茶会だった。  彼女は結婚相手を探していた。歳は二十五歳。貴族令嬢としては行き遅れといっても良い年齢で、本人も結婚を焦っていた事は傍目からもよく解った。若くして子爵家を継ぎ、何かと周囲が慌ただしかったと聞いた。一時期、話題になった家だったと思い出したが、そう言った噂話は社交界ではよくある事。しかも田舎の一貴族に過ぎない家だ。次の年になれば噂にも上らなくなった。  婿入りは難航していた。  それはそうだろう。  ビブリア女子爵は平凡な容姿だ。  醜女(しこめ)ではないが、美女とは言い難い。これで社交的な性格ならまだしも、大人しい地味な女性だった。  しかも、子爵領は王都から遠い。  幾ら、婿入り希望の男でも、美貌もない退屈な性格の行き遅れの女子爵と結婚したいと望む者は少なかった。結婚して数年は子爵領に居なければならない、という条件も結婚する事をためらわせるネックになっていたんだろう。誰だって華やかな王都から離れたくはない。    チャンスだと思った――   『僕の家は名門侯爵家だが、貧しくてね。まともな結納金さえ準備できない有り様だ。情けないけど、こんな安物の指輪くらいしか用意できなかった。でも君に贈るのなら、この色の宝石で揃えたかった……アザミ。僕の目と同じ色の指輪だ。僕と結婚して欲しい』  跪き、プロポーズの言葉を口にしながら、指輪を差し出した。  呆気に取られていたアザミは徐々に状況を理解したのか頬を赤く染めて、そして小さく頷いた。  僕はアザミの白くて細い手を取り、指輪をそっとその細い薬指に嵌めた。そしてそのまま手の甲に口づけた――まるで物語の様なプロポーズをアザミは嬉しそうに受け止めてくれて、僕の手を取ってくれた。  完璧だった。    プロポーズを成功させるためにあらゆる手を尽くしてきたのが実った瞬間だった。  この日のためにプロポーズ場所を幾つも下準備して練習までした甲斐があった。更に「地ならし」としてアザミとの会話にさり気なく結婚やその後の生活などを盛り込んでおいたのだ。  結婚後の家庭生活、子供は何人欲しいのか、子供は何人いても良いか……などなど。会話の中に散らばる「幸せいっぱい夢たっぷり結婚生活」の話をすればアザミがその気にならない筈はない。彼女は「早く跡取りが欲しい」と言っていた。それはそうだろう。年齢を考えても、直ぐにでも欲しいと考えてもおかしくない。ならば、この結婚話は断らない。僕の読みは正しかった。  侯爵家の三男に生まれても譲られる爵位はない。爵位を得られない貴族子息の大半は文官か武官、もしくは実家で何らかの仕事をするか。一番実りがいいのは婿入りして爵位を得る事だ。得られるのが子爵程度だが、それでもないよりかはマシだ。世継ぎの子供さえ儲ければ後は自由が待ってる。アザミは単純な女だ。幾らでも言いくるめることができるだろう。数年の辛抱だ。そう思っていた。  だってそうだろ?  邪魔くさい親や兄弟がいない令嬢だ。  おっとりした性格で、年上のせいか何かと気遣いができる令嬢だった。  これは直ぐにでも僕に爵位を譲り渡すとばかり思っていた。  なのにこれが上手くいかなかった。  結婚の時、婚姻契約書にサインをさせられたせいだ!  なんだよ?  子爵家の跡取りを儲けなけらば爵位の譲渡は認めないって!爵位を譲る条件も事細かに書かれていて到底覚えきれなかった。しかも養子縁組はできないときた!!  ふざけんなよ!!  ぼ~~とした田舎娘だと思っていたのに!  とんだ伏兵が存在していた。  それが家令のクロスだ。
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