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ずっとあの女が嫌いだった。ふざけんなって言われるたび、お前こそふざけんなって言ってやりたかった。もっと酷いことになるからずっと言えなかったんだ。
虐待される子供は、自分を守るために自分が悪いと思い込むってよく言うけど。俺はそれに当てはまらなかった。母親に愛されたいとも思わなかった。そういうところも、俺は世の中の「規格」から外れてんのか。そう思ったら、すべて馬鹿馬鹿しくて。
気がついたら、肩が震えていた。そして、記憶している限りでは多分初めてだろう。目から熱いものがどんどん溢れてくる。あの女の前で泣いたことってなかったもんな、今まで生きてきた中でもずっと。
「おや、動きましたね。やっと動いてくれた。あなたの体も、心も、感情も。いっぺんにたくさん動きました、何回叩かなければいけないのか。私は容赦しないですよ」
しゅっしゅっ、と。腕をまるで棒のように上下に動かして殴る仕草をされる。それに少し笑ってしまう。
「動くのは居眠りをしたり、別のことを考えたり。人として当たり前の仕草をしたとき。集中してもらえるようにカツを入れるんです。ずっと動かないのは体に悪い、刺激を与えることでリフレッシュをしてもらうという意味もあるんですよ」
不真面目なやつに、罰を与えるんだと思ってた。そうじゃなかったんだ。相手の為を思ってのことだったんだ、坐禅のぶったたくやつ。警策、というんだと教えてもらった。
「じゃ、手っ取り早く私が叩いてあげようじゃないか」
彼女が腕まくりをしながら立ち上がる。
「棒?」
「素手よ素手。叩く方も痛くなきゃ」
叩く方も、痛みを。……なんなんだろうな、コイツは本当に。
「……そっか。じゃ、頼む」
彼女がノリノリで俺の後ろに立って一度手を肩に置いた。それを見て住職がにっこりと笑う。
「警策の方がいいと思いますけどねえ。面積広いから分散されるし」
「は?」
「おりゃー!」
ゴギッ
今まで生きてきて、産声の次に腹から声をあげた瞬間だと思う。
「いってえええ!?」
瓦割り五十枚やったことある、と知っていたらぶっ叩くことなんてさせなかったんだが。その後俺は一週間肩に湿布を貼っていた。
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