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13
透は、わたしが落ち着くのを待ってから、わたしをそっと立たせた。そして、「少し外を歩かない?」と促した。
わたしは鼻を啜りながら、どこか澄みきった透の黒褐色の瞳を見つめた。そこには、生前に見られた揺らぎのようなものは無くなっていた。
わたしはコクリと頷き返すと、透の後に続いて玄関の扉を潜った。
扉から一歩外に踏み出した時、春も半ばを過ぎたと言うのに、ヒュウと冷たい風が吹き抜けた。
風が、わたしの背中まである黒髪を巻き上げる。
その際、ツンとした汗の匂いが微かに鼻を突いた。自分がもう何日もシャワーを浴びていないことに気付かされる。
わたしは、そのことを透に気付かれたくなくて、黒いスウェットの胸元を両手でそっと押さえた。
「琴子」
透がわたしの名前を呼ぶ。
わたしは気恥ずかしさで赤く染まった頬を隠すように俯いて、先を歩く透に駆け寄った。そして、彼のシャツの裾を右手で掴んだ。
ククククク
そんなわたしの様子を見て、透が声を殺して喉で笑う。
「何?」
気になってわたしが尋ねると、
「いや」
と言って、透はシャツを掴むわたしの掌に自分の掌を重ねた。そして、シャツからわたしの掌をそっと離して、自分の左手に繋ぎ直した。
「あ」
透のシャツを掴んで後を着いて回った幼い頃のことを思い出す。
「別にいいじゃん」
わたしは呟くように言うと、頬を膨らませて透の腕に自分の腕を絡めた。
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