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15
三十分程歩いた頃、わたしたちは一つの橋に辿りついた。この橋を渡ると、そこはもう隣の市だった。
その橋は、鉄筋コンクリートで出来た片側二車線の大きな橋で、その下には豊かな水を湛えた大きな川が流れていた。
この二週間程、雨が降っていないせいか、水の流れはとても穏やかで、流れる水音はほとんど聞こえなかった。
橋には、車道の脇に細い歩道が申し訳程度に設けられていた。しかし、この歩道を歩いて渡る人は余りいない。
その歩道を、わたし達は手を繋いだまま、静かに歩いて、橋を渡って行った。
橋の中程に差しかかった時、透が歩みを止めて、わたしを振り返った。
「琴子」
透はわたしの名前を呼ぶと、いきなり、わたしを抱きしめた。それから、わたしの頭の後ろに右手を添えて、自分の方に引き寄せた。
わたしは、そのまま透に身体を預けると、その胸に顔を埋めた。
わたしの背中まであるストレートの黒髪が小さく揺れる。
透はわたしの髪の毛に顔を埋めると、鼻から深く息を吸い込んだ。そして、「琴子の匂いがする」と懐かしむように呟いた。
しばらくの間、透はわたしの髪の毛に、そのまま顔を埋めていた。
わたしは自分の匂いが気になったけど、透の好きにさせていた。
「生きて」
その時、透がわたしの耳元で囁くように言った。だけど、
「嫌だ。わたしも連れていけ」
わたしは即座に拒絶した。そして、透と一緒に行くことを望んだ。
わたしは薄々分かっていた。ここが、そう言う場所であることを。
透は否定も肯定もしなかった。ただ、黙ったまま、わたしを抱きしめ続けた。
満月の白い光が辺りを静かに照らしていた。
わたし達は、その白い光に包まれながら、ずっと抱きしめ合っていた。
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