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5 彼シャツ
「もう、山宮なに言ってんの! 誰がかっこいいんだよ!」
開口一番そう言って玄関の三和土にいる頭をぽんっと叩くと、山宮が両手で顔を覆った。
「マジで口滑らせた……皆テンションが高かったから口数が増えちまった……恥っず」
「おれ、なんで外国人顔じゃないのって言われる普通顔だよ」
「ハーフだと外国風が正解になるのかよ? 上中下の上だろ。今すぐ鏡を見てこい」
「犬のイケメンランキングとかネットで見たことある? 一位はシベリアンハスキーだったよ」
「それ、情報偏ってね。そのランキングでゴールデンレトリーバーは何位なんだよ」
「六位とかそんな感じだった」
「やっぱ上じゃねえか」
なんだか口がむにゃむにゃとし、とりあえずと山宮を家にあげた。自室に入って制服姿の山宮とジャージが入っているであろう鞄を見比べる。
「山宮、ジャージに着替える? でも、学校で走り回ったし」
山宮が「そうなんだよな」と肩をすくめる。朔也は頭を掻いて木製のタンスを見た。
「ちっちゃくなった服は冬に捨てちゃったんだよな……まあ大は小を兼ねるって言うし、おれの服を貸すよ。お茶を入れてくるから着替えてて」
朔也が服を渡して盆に緑茶を載せて部屋に戻ってくると、山宮が白のロンTの袖を折っているところだった。朔也は思わず膝から崩れ落ちそうになった。山宮が自分の服を着ている。丈も横もだぼだぼなところがめちゃくちゃにかわいい。これが彼シャツってやつか。これは堪らない。朔也がそんなことを思っている一方で山宮が眉をひそめる。
「お前の体、なにでできてんだよ? XLって意味分かんね」
そう言って山宮が紺色のスウェットのズボンまで足首のところを折る。
「それ、外国のメーカーだからね。日本のXL、長さが足りない」
「お前、さては身体測定で身長が伸びてたな? 何センチだったんだよ?」
「一八九。やっぱり去年ほどは伸びてないよ。そう言う山宮はどうなの」
「俺は毎年一六五だわ。成長期、よこせ」
絨毯に座ってお茶を飲む。スマホを出し、昨日学校で撮った画像を共有のアカウントに載せた。泥棒側のグループのメッセージもスクショしてからアップする。夜の校舎を思い出して笑ってしまった。
「でも、ホントに楽しかった! ドロケイなんて小学校以来」
山宮も笑顔になって朔也のスマホを覗いてくる。
「うちのクラス、すげえ明るくね? 委員長が陽気なムードメーカーだからか?」
「委員長、いいよね。しっかりしてるけど、固くないっていうか。外部受験組ってピリピリした空気なのかと思ったけど、メリハリがあるって感じ」
すると山宮はちょっと考えるように「書道部は?」と尋ねてきた。
「放送部は変わらず一人だけど、そっちはすげえ人数が増えたんだろ?」
「うーん、一年生はピリピリしてるかな……立って書く練習が始まったから、必死で余裕がない感じ。二、三年生は落ち着いてるけど」
昨日の土曜日、書道部は自主練ではあったが一年生は全員来た。同じ文字でも座って書くのと立って書くのでは全然違う。大筆を使うなどテクニックが必要なところは実力のある子に割り振っているが、それでも全員が必死だ。
大会に向けて全力で練習しているという意味ではいいのだが、クラス行事で感じられたような楽しさが置き去りにされている気がする。書道を楽しめないのでは意味がないと思ってしまう朔也としては、なんとか楽しい空気を作りたい。こういうときに全体の空気を変えられる今井はすごいなと思ってしまう。
「おれがなにかできればな。でも、五月に入れば学校自体にも慣れてくると思うし、時間の問題かも」
「部長頑張ってんじゃねえか。偉いわ」
「山宮のほうはどう?」
すると山宮は息をついて体育座りした自分の膝を抱え、だぼだぼのズボンにしわを作った。ぐっと顎を引いて言う。
「五月考査のあとに県大会予選だから、今は原稿を手直し中。割と必死」
山宮は県大会の予選、県大会決勝、そして全国の予選である準々決勝、準決勝、決勝と進んでいく。朔也にはとんでもないハードルに思えるのだが、山宮はすぐに明るい表情で顔をあげてこちらににっと歯を見せた。
「絶対に全国に進んでやる。お前が頑張ってるんだから俺もやる」
切磋琢磨な。山宮がそう言ってこちらを見上げたので、互いに笑顔になった。
そのあとは昼食を買いがてら、山宮の着替えの靴下や歯ブラシのセットなどの買い物に付き合った。昼食は学校での朝と同じように簡単なものを一緒に作ろうと言って、二人でパスタを作ることにした。台所に立って二人でレシピを確認しながら湯を沸かす。
「山宮、塩を入れるのっていつのタイミングなんだろう」
「キッチンタイマーを押すの忘れるなよ。パスタは固め派!」
「え、固めとか分かんないよ。ここに書いてあるとおりに作らせてよ」
山宮は家に一人のときが多いため簡単なものはできるらしいが、朔也は全くできない。ああだこうだと格闘し、ミートソーススパゲティが完成した。リビングのテーブルで向かい合って手を合わせる。
「おれ、すっごく恥ずかしい。料理なんて全然できない」
「学校に行ってなかったときとか、やらなかったのか?」
「殆ど自分の部屋にいたから。ご飯を食べるとか風呂に入るとかとか、そういうときしか外に出なかった。口を開くと文句言っちゃいそうだったから、ほぼ話さなかったし。親と口ききたくなくて、姉ちゃんに伝言を頼んだりしてた。反省してる」
「ごく普通の反抗期じゃね? 俺の親は一緒にいるときくらい頼っていいのよみたいな考え方をしてるわ。激甘方針。俺が高三だって認識してないんじゃね」
末っ子談議に花を咲かせ、食事を平らげてから皿とコップを片づける。朔也が洗って食器を渡すと、山宮がふきんできゅっきゅと丁寧に拭いた。そのやり取りが気恥ずかしくて、ちょっと足でこづいたら蹴り返された。なんかいいな、こういうの。そう思ったら山宮が「なんか、すげえ幸せ」と呟いて、顔を見合わせて笑った。春の陽気が台所まで入ってきたかのようだった。
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