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7 その照れ隠しは卑怯だろ!
すると山宮は少し黙り、ぼそっと言った。
「お前、俺に期待しすぎじゃね。最近、自分が心狭いなって思ったわ」
「え、なんで?」
思わず山宮の顔を見ると、山宮は口ごもって下を向いてしまう。
「あ、おれと今井と志望校が同じなのが気になるとか?」
「いや、二人とも好きなことが同じってだけだから、気にしてねえ」
「じゃあ陸上部の子と仲良くしてるのが気になる?」
「あいつは距離が近いやつなだけだわ。俺にも平気で絡んできたし」
「え、じゃあなに?」
すると山宮はすすすっと頭を朔也の肩に押しつけてきた。
「これ、言わないと駄目な案件?」
山宮の湿った黒髪が顎について、朔也は山宮の背中に回した腕に力を込めた。
「いや、いい。前にも言ったけど、心の中を全部打ち明けろとは言わないよ。敢えて言わない、言えないとかあっても普通なんじゃない」
二月の一件から、山宮のあんなことやこんなことしてる姿を思い描いて空想してるとか絶対に言えないし。実は山宮に告白した二年女子のことを気にしちゃうとかも、嫉妬深いみたいで口にできないし。陸上部の子が山宮の髪の毛を触ったのに一瞬むっとしたとかも言いたくないし。
山宮の背中をぽんぽんと叩く。
「全部言うことが誠実だとは限らないんじゃないの」
するとようやく山宮がふっと息を吐き出すのが聞こえ、胸の辺りがぽっと暖かくなった。
「そういうとこ、お前サッパリしてんな」
「うーん、サッパリしようとしてるって感じかな? 嫉妬くらいするよ」
すると山宮が顔を離してははっと声をあげた。泣きぼくろがようやく緊張を解いて笑う。
「お前は嫉妬する相手がいなくね」
「山宮が気づいてないだけ。だいたいさ、昨日のシャワーで山宮の側にいたの誰だよ。おれはシャワーのときは山宮を見ないように近づかなかった! すごく偉いと思う!」
「あれ、水の勢いがすごくて全然周りが見えなくね。誰がいたかとか覚えてねえわ。お前が入り口近くにいたのは声が聞こえて分かったから、早く出ろよとは思ってた」
「入り口を塞ぐ形になってたのか。それはごめん」
なんだかおかしくて笑ってしまった。
「山宮先輩、おれたちお互いの体を見たことないんですよ。体育の着替えくらいで。付き合ってるのにおかしくないですか」
「別におかしくはなくね。付き合ってるから見られたくないとかも普通だろ」
その言葉に朔也は思わず体を起こした。
「山宮の口から付き合ってるって初めて聞けた」
すると山宮が顔を赤らめた。
「だって……こないだお前がそう言ったから」
じゃあ、と朔也は山宮の顔の横に肘をついて起き上がった。
「付き合ってるなら、キスしよ」
ゆっくりとキスをすると、くちびるから山宮の温度が体に広がる。
「キスってすごい。何回してもすごく嬉しい」
「恥っず……お前、思ってることすぐに言う」
「え、恥ずかしい? おれたち、山宮の部屋でもっとすごいことしたと思うけど」
すると途端に山宮が頭を抱えた。
「あれはマジでテンパった……あんなことしてよかったのか今でも悩む……」
「え、後悔してる? それはおれが悪いよね。ひどいことしてごめんなさい」
すると山宮は手を頭から離し、口をへの字にした。
「謝ってほしいわけじゃなくて……なんで俺だけ恥ずい? なんでお前平気?」
「平気っていうか、したいっていう気持ちのほうが勝る」
「それは、分からなくもないけど……あとから我に返って恥ずくね?」
「恥ずかしさより幸せな気分が勝つ。山宮と一緒にいられて幸せっていう気持ちになる」
「まあ、それも分かるけど……」
「開き直っちゃえば? 好きな人とそういうことしたいって普通じゃない? 山宮がそう思っててもおれは引かないし、自分と同じだなって思うだけ」
すると山宮はまた頭を掻いた。
「じゃあ、言うけど」
「なに?」
「……ぎゅって、したい、です。いや、うそ。ぎゅって、されたいです」
ぼそっと言った耳が赤かったので、思わず笑って「かわいい」と言ってしまった。そのまま両腕を回して抱きしめる。山宮の頭に口元をうずめていると、お互いの間にある空気までどんどん温かくなってきて、それと同じスピードで山宮の体がゆるゆると緊張を解いた。黙ったまま抱きしめ合っていると、心がぽかぽかとしてくる。
「こんなことでいいなら口にしちゃえばいいのに」
「……なにが恥ずいのか気づいたわ。俺の願望の種類だわ」
「種類?」
「……俺、自分がしたいっていうより、されたいっていうことのほうが多い……」
山宮の手がそう言って朔也のシャツを掴む手に力を入れたので、朔也も抱きしめる腕に力を込めた。すると照れたような笑い声がして、そのかわいさにぎゅうぎゅうと抱き寄せる。
「されたいことのほうが多くてもいいんじゃん? 変じゃないと思うけど」
「いや……その動機が恥ずいというか……その、好かれてるか、確認したいっていう、めちゃくちゃ俺に都合のいい動機……」
「ええと、どうやったら伝わるんだろ。すごく好きっていつも思ってるんだけどな。なにが足りないんだろ」
「……多分、プランBを用意する俺の思考回路の問題。お前の気持ちが離れていったときのことを心づもりをしておくから、勝手に疑心暗鬼になるだけ」
「じゃあおれはその疑心暗鬼になる気持ちをぶっ潰してく。好かれすぎててうざいって思われるまでぎゅうぎゅうにしてやる」
そう言って言葉通りにぎゅうっと山宮を押しつぶそうとすると、山宮の右手が「ギブ」ととんとんと胸を叩いた。ははっと笑って腕の力を抜くと、山宮も顔を笑わせた。
「おれとしては、されたいことをリスト化してほしいけど、そういうのって察してやるからいいって面がありそうだから難しいな」
「多分、お前がやろうとすることはだいたい合ってるから大丈夫」
「えっそれ、爆弾発言じゃない? おれ、よくいちゃつこうとするけど、山宮はいちゃつかれたいってこと?」
「……黙秘」
「え、黙秘って肯定と同じだよな?」
「黙秘」
「えっ、そうなの? いちゃつきたいですって宣言して許可とる必要なかった? 内心俺もしたいんだよって突っ込んだりしてた!?」
「黙秘!!」
山宮はぽすっと朔也の胸に顔をうずめてしまった。それが余計にこちらの気持ちを掻き立てると分かってないのか、背中に回した手でシャツをぎゅっと掴んでくる。
え、なにそれ。山宮、その照れ隠しは卑怯だろ!
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