8 キスから始めて

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8 キスから始めて

「……えー、じゃあいちゃいちゃしようかなあ」  朔也はぶかぶかのシャツの裾から背中へ手を入れた。風呂で同じ温度になった体は触り心地がいい。 「キスもしちゃおうかな。その前にミントを口移ししちゃおうかな」 「……お前、下手。そういうの、いちいち言うな」 「やることも言わないでやっていいわけね? じゃ、そうしよ」  朔也は机の上に置いておいたミントのタブレットをひょいと掴み、すぐに一つ口に放り込んだ。腕の中に収まっていた山宮の顔をあげさせてキスをする。舌先でちょっとタブレットを押しつけただけで、山宮は素直に受け取った。カリッという音と爽やかな香りに自分も一粒食べてもう一度くちびるを吸う。いつも最初は山宮をその気にさせるつもりで少しずつ押し進めるようにしてきたつもりだったが、山宮が自分と同じようにキスをしたいという気持ちなら、余計なことは考えずにキスを味わいたい。  最初は横向きに抱き合いながらちゅっちゅと小さなキスをし、ゆっくりと山宮を寝かせて自分は跨がった。頭を撫でて髪を梳きながら、まっすぐな髪の感触を楽しむ。くちびるは角度を変え、力加減を変えて、ふわふわのやわらかさを味わう。自分がこうやってキスすることを、山宮が望んでくれている。そう思うと、単純なキス一つにも胸がときめいた。普段マスクで隠れているから、他の人があまり見ないところに触れられているという事実にもにやけてしまいそうになる。 「お前、今日はなに」  途中で山宮が恥ずかしそうに小さく言った。近い距離で目が合うと、黒い目が伏せられて照れているのが分かる。 「なにって、なにが?」 「すげえ長い」  それを聞いてふふっと笑ってしまった。長いから、次に移りたい。そう言いたいと分かった。山宮の頭の下に手を入れ、くちびるを食べる。案の定山宮もそちらをしたかったようで、こちらの首に手を回してこちらを引き寄せてきた。この顔をクロスさせてやるキスは、山宮が好きなはずだ。それを空想すると言っていたくらいだから、この推測は合っているはず。体に腕を回し、胸をくっつけて隙間を作らないようにしっかりと抱きしめる。  布団の中にこもった二人分の体温が温かくて、キスをしながら吐く息も熱くて、少し摘まむように離れる瞬間のくちびるのやわらかさに頭がふわふわしてくる。気づくと二人して息をあげながらキスに夢中になっていて、思わず額の汗を拭った。くちびるをそっと舌先で舐めて、口を開かせる。だが、いつもは無理やりねじ込んでいたところを、くちびるをちょんちょんと舐めるだけに留める。 「山宮、一緒にやらない?」 「なにを」 「おれが一番すごいなと思ったキス。舌と舌を合わせる。お互いが同じ気持ちじゃないとできないやつ」  だから、定義その一の一番エロいと思ったキス。ちっちゃく付け加えると、山宮が目を軽く瞑って朔也の頭の後ろに手を添えた。そしてゆっくりと引き寄せてくる。朔也もゆっくりとキスをし、舌を出した。  舌を合わせた瞬間、ビリビリと頬に電気が走った。ざらりとした感触に産毛がぞわっと総毛立つ。だが、山宮のほうからも更にこすり合わせるように舌を動かしてきた。そうするとまたビリリと頬が震え、体の芯がカッと熱くなる。思わず舌の表面を舐めあげたらやり返された。熱がぱっと体に散って、手の内側まで汗を掻いてきた。 「これ、やば」  山宮のうなじを手で支え、舌を絡める。 「すごく気持ちいい」 「気持ち悪くないならいいんじゃね」  はあはあと息を漏らしながら山宮がそう言い、ねっとりと舌を動かしてくる。肉厚でぬるい感触に背筋をぞくぞくして、山宮の積極さに頭がくらくらしてきた。だが、その一方で体は正直で、興奮がかき立てられて仕方ない。いつもと違って欲を引き出されてるのはおれだ。そう気づいたら余計に興奮してきた。 「う」  口を離して耳朶を舐めると山宮がぴくっとした。片方の手がこちらの体を押しやろうとしたので、捕まえて指を交差させ手を握り混む。 「耳弱いのかわいいね」  そう言ってから耳に舌を入れると、また山宮の体が揺れた。最初は軽く手前で抜き差しして、思い切り奥へねじ込む。そこで舌を動かすと「あ」とか「や」とか山宮の口から声が漏れた。 「これって気持ちいいの?」  耳元で尋ねたが、ちらっと見た山宮の横顔が口元を引き結んだ。 「はいはい、また黙秘ね」  風呂に入ったばかりだというのに体中汗が噴き出して、暑さに耐えられなくなってきた。起き上がってシャツを脱ぐと、案の定山宮が顔を背ける。だが、ぶかぶかのシャツの下に手を入れると、山宮の肌も汗ばんで少しひんやりとしていた。 「これって、暑いの、寒いの」 「……暑い、けど、布団は被ったままに、しといて」 「分かった」  自分の肩に掛け布団を引っかけ、また屈み込んで下からシャツをまくり上げる。山宮が頭をすぽっと抜いて両手を上にあげた状態のとき、思いついた。 「そう言えば、これってどんな感じ」  シャツを途中で止めたまま山宮の頭も上で留め、胸を舐める。すると予想もしなかったとばかりに山宮がびくっとした。 「お、おい!」  慌て出した山宮を無視し、朔也は敢えてゆっくり舌を滑らせた。 「ちょっ……女じゃねえんだから!」 「男性も気持ちいいって感じる人はいるってネットに書いてあったよ?」 「またお勉強かよ! お前はホント余計な知識を仕入れてくるよな!」  シャツが絡んだ山宮の手に力が入り、焦っているのが分かる。先端をちょんちょんとつつき、羞恥心を煽るとすぐに山宮の息があがってきた。わざと舐めながら顔をあげて山宮を見ると、山宮は顔を真っ赤にさせて目を見開いてこちらを見ていた。 「待って待って、手外して!」  悲鳴に近い声が上がったので、シャツを上に引っ張って脱がしてやる。するとその手がすぐにこちらを引き剥がそうと肩を掴んだ。 「残念。山宮よりおれのほうが力が強いよ」  シーツに手をついて再び先端を舐めると、焦ったのか山宮が両腕でこちらの頭を抱え込んできた。引き離そうとしてくると思ったこちらが驚いたが、やめろの言葉がないので続行する。山宮が体を強張らせてなにかに耐えるように腕に力を入れてくる。そのうちふっふっと口から息が漏れたのが聞こえて、気持ちいいのを堪えているのだと分かった。  ネット情報もあながち間違ってないな。  そう思いながら舌全体を使ったり、わざと先端の周りだけ舐めて焦らしてみたり、とにかくネットに書いてあったことを思い出して実践してみる。山宮の背が丸まって体を浮かせ、朔也は山宮の腰に腕を回して捕まって立った先端をぐりっと押した。 「――んッ」  急に山宮が声をあげたので驚いて思わず動きを止める。すると山宮自身もぴたっと動きを止めて、「え、えっと」となにか言おうとした。 「ふふっ、山宮の弱いところ発見しちゃったな」  顔をあげて骨張った両肩を掴み、少し起き上がっていた体をベッドに押し倒す。ぼすっという音とともに枕に広がった黒髪とそれに対照的な赤い顔を見てかわいいなと思う。腰辺りまでずり落ちた掛け布団を再び肩にかけて、小さく山宮の口にキスをした。
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