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10 夜の校舎
「と、とにかく、お前はなにしたいんだよ」
山宮が頬を赤くしたままこちらを睨んだので、「あ、いいよ」と手を振った。
「トイレ行ってきたから」
あっさりと断ると山宮が唸る。朔也は先ほど想像した、自分の足の間でそういうことをする山宮を思い描いた。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃしてほしい。気持ちいいだろうということはさておき、山宮の顔が見たい。いっぱいいっぱいになって「やっぱり無理」と言うのか、恥ずかしがりながらも一生懸命してくれるのか、はたまた以前のキスで舌を舐めてきたように躊躇いもなくしてくるのか、どんなふうに予想を裏切ってくるのか、ものすごく気になる。というか、この妄想だけでやばくなる。山宮にされたいというより、させたい。
ま、強制なんてしないけど。朔也は空想を頭から追い払い、頭の後ろで腕を組んで寝そべった。うんうん考える山宮を見上げる。
「山宮さ、考えすぎ。さっき言ってたじゃん。おれがしてることはだいたい自分のしたいことだって。だったら山宮がしたいことをすればいいんじゃないの。それがキスならそれで嬉しいし、無理にどうこうする必要ないよ」
「今のをキスで等価交換はできねえわ……」
「そう? どんな感じなの、あれ」
「どんなって……やべえよ」
「やべえって、具体的にどんな?」
朔也がなおも尋ねると山宮が軽く睨んできた。
「お前、そうやって俺に恥ずかしいことを言わせようとしてるだろ」
「いや、した側としても気になるし。端的に言ってどういう感じ」
すると山宮は一瞬黙り、ぽつりと「溶ける」と一言言った。
「溶ける?」
「そう」
「え、そこが?」
「全身」
「全身が溶ける……? ちょっとよく分かんないな」
朔也が眉をひそめると、山宮は「当たり前だろ!」と怒鳴った。
「あんなん、体験しなきゃ分かんねえわ! 激しい驚きだったわ! とんでもねえ光景だったわ! だから俺もやり返してやり」
「……やり返してやり?」
言葉を途切れさせた山宮に先を促すと、山宮は俯いてそのままこちらに抱きつくように倒れ、こちらの頭の横で枕に顔をうずめた。
「やり返したくてもできねえ……」
ははっと笑って背中に手を回してぽんぽんと叩くと、山宮は朔也の顔の横に両腕をついて「折原君よ」と見下ろしてきた。
「お前が誘ってきたから今日はお泊まりデートなんだよ。分かるか?」
山宮がそう言って赤い顔で口をとがらせた。
「本日は時間がたっぷりあるんだよ。もう一回キスからスタートしても地球が回転するには時間がありすぎるんだよ。ぶっちゃけお前が俺で興奮するところが見たいわ! 好かれてるなって実感くらいさせろ!」
山宮の心情の暴露に再び声を出して笑ってしまった。
「じゃあさ」
山宮の腕を引っ張って体を起こす。
「山宮からキスしてよ。で、最後に一緒にさせて」
ちょっと顔を起こせばくちびるがくっつきそうな距離で、朔也は山宮の顔をじっと見つめた。少し跳ねた髪束を指先で直す。
「山宮の髪も目も夜みたいだよね。夜の校舎を思い出すな」
「だとしたらお前は中庭。一年の頃、俺にまた委員長に負けちゃったんだって困ったように笑ってたときの太陽の眩しさを思い出すわ」
瞬きする目に、ただのクラスメイトでしかなかったときの山宮を思い返した。そう言えば、山宮の顔もどこか変わった気がする。前はもっと中学生っぽさが残っていたのに、今はしっかりしているように見える。山宮の内面がそうさせるものなのかもしれない。
朔也はふっと笑ってそのくちびるを親指でさすった。
「初めての罰ゲームからもうすぐ二年か。二年ってあっという間だね」
朔也はそのままゆっくり山宮の首に腕を回した。
「好きになってくれてありがと。山宮が大好きだよ」
くちびるが重なると、さっきよりも少しだけ温度が高い気がした。
(後略)(本へ続く)
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