3 歌のプレゼント

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3 歌のプレゼント

 三泊四日の修学旅行は無事に終了し、じゃあまた四月にと解散した。だが、翌日から今井と朔也は朝から書道部の部活。放送部の山宮も朝放送室に登校して宿題や勉強をし、下校放送の放送を行ってから塾またはそのまま帰宅という生活スタイルが始まる。  朔也たちの学校の書道部は、通常の書道と書道パフォーマンスの両方を練習する半運動部だ。部長を任されてからどうなるかと思ったが、今井や同じクラスだった中村、そして長谷川と渡辺の四人の女子たちの支えもあって順調に二年生を終えられた。朔也たち新三年生が次にパフォーマンスを披露するのは、新入生歓迎会。パフォーマンス甲子園の予選演技や卒業式パフォーマンスで結束を深めた五人での演技内容はスムーズに決めることができ、早速練習を開始している。  だが、三月終わりから四月頭は学校閉鎖期間となって、部活もなくなる。その時期に朔也と山宮二人の誕生日を迎えられたのはよかったのかもしれなかった。  山宮が修学旅行を思い出したようにしみじみと言う。 「すげえ楽しかったわ。空港から出たときから空気が違ったんじゃね。めんそーれ、なんて看板を読んで盛り上がってたやつらの気分が分かったわ」  朔也は山宮と隣を歩いた遺跡を思い出した。 「おれ、グスクがすごかったなって。あんなにきれいに石を積み上げて塀を作るって、昔の人はすごいよね」 「地形が不思議だったわ。城ってもっと平らなところに作るのかと思ったけど、案外勾配があったよな。昔の人、坂道が当たり前だった説」 「海をバックに写真が撮れたのもよかった。昔の人もそうやって海を見てたのかな」 「マリンスポーツのコースを選んだやつ、海がきれいだったって騒いでたよな。ちょっと寒かったけど、選んで正解だったって」 「山宮がそれに行きたいっていうなら、おれはそっちでもよかったんだけど」  すると山宮がむっとしたようにこちらを睨んだ。 「俺が泳げねえって知ってるくせに」 「でも、シュノーケリングだから、プールでの泳ぎとは違うんじゃない?」 「足のつかねえところに入るとか、パニック案件。俺は陸の坂道を歩くのが正解」  ひとしきり思い出話に花を咲かせる。朔也たちがカラオケに来るときは歌ばかりにならない。二人きりでお喋りできるという意味で、カラオケは最適な場所だった。「さて」と山宮がタッチパネルを引き寄せる。 「音痴な折原君に歌をプレゼントしましょう。入れたい曲はなんですか。約束通り、誕生日だからベタベタにくさい恋愛ソングを歌ってあげますよ」  山宮がにやっとしてパネルをタッチする。そういうときのこちらを向いている右目の泣きぼくろは、揶揄うように朔也を見てくる。  山宮は朔也と違って歌が上手い。朔也は山宮と一緒にカラオケに来るとラブソングを選んで歌ってもらい、「好き」だの「隣にいたい」だのといった台詞を自分に向けて歌っていると思いながらにやにやして聴くという楽しみ方をしている。山宮もそれを分かっているものの、これまで選んだ歌を断られたことはない。誕生日にカラオケでリクエストした曲を歌ってほしいと言ったら、「別にいいけど」と簡単に引き受けてもらえた。  山宮の言葉にネットで見つけた『心に染みるラブソング』という特集記事をスクショした画面をスマホで表示して「はい」と渡す。それらの曲名を見て山宮がくっと笑う。伏せられた目が乗するときに揃った睫毛が動く。 「お前は俺に対して願いごとがささやかだみてえに言うけど、お前の歌を歌ってくれっていうのも随分ささやかじゃね」 「歌なら山宮からたくさん好きって言ってもらえるじゃん。贅沢でしょ」 「俺は普段歌わない曲を歌えて楽しいからいいけどよ。でも、題名しか覚えてないのもあるわ。歌えなかったら悪りい」  そんなこと言って、いつもだいたい歌えてるじゃん。朔也は内心そう思いながら山宮がマイクを握るのを見た。なんとなくタッチパネルを引き寄せて、予約一覧を見ると三曲入っていた。朔也はスクショした歌の殆どを知らないが、山宮には少なくとも歌えそうと思えるのが三つはあるということだ。前奏が流れ始め、画面の上部に五線譜と音程バーが表示される。山宮が歌うとそこがきらきらと光るので好きだ。透明感のある歌声と画面を見つめる横顔を見る。  おれ、こんなイケメンと付き合ってるってすごい奇跡。マスクなしの山宮の顔を独り占めできるなんてすごい。  ふふと思いながら歌声に耳を傾ける。  これ、歌詞まで確認してないけどどんな感じなのかな。  朔也はタッチパネル操作して歌詞を表示した。山宮の歌声を聞きながら画面をスクロールし、思わず指が止まる。 「あ!」  慌てて朔也が顔をあげたとき、山宮がマイクの前で口を開けたまま固まった。大きな液晶画面に、ベッドで過ごした君との時間がどうのこうのと歌詞が出ている。思わずタンッと指先に力を入れて一時停止のところをタップした。だが、一時停止したせいでその歌詞がでかでかと画面に表示されたままだ。音楽がぶつんと切れて、他の部屋の歌声が聞こえてくる。だからこそ部屋の空気が気まずさが際立つ。そろっと山宮の横顔を見て「ええと」と口火を切った。 「ご、ごめん、あの、歌詞まで、チェックしてなくて」 「……いや、俺も途中まで歌詞を思い出せてなかったわ……」  ぱっとこっちを見た山宮が空気を振り切るように「次!」とタッチパネルを指した。 「これは演奏停止! もっとベタっぽいやつがあんだろ!」 「う、うん! そうだよな!」  お互いにあわあわとしながら曲を消して、次に予約していたものの前奏が始まる。山宮の横顔は必要以上にきゅっとくちびるを引き締めて、マイクを持つ手の甲に筋が浮いていた。  先ほどの歌詞を頭から追い出して液晶画面を見つめたが、サビに入ったところで山宮がソファに座り込んでマイクを持ったまま頭を抱え、朔也も頭をがしがしと掻いた。愛してる君への想いがなんたらという文字が色を変え、バックミュージックの甘いメロディーが流れていく。  この歌詞を書いた人、現実のパートナーに愛してるって言うんだろうか。愛してるって何歳になったら使える言葉なんだ? よく、おもちゃに対象年齢がいくつって書いてあるけど、愛してるの対象年齢を教えてほしい。
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