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1.契約結婚1
「ではこれで契約は成立した」
「はい」
「確認になるが、決して私を愛する事はしないでくれ」
「勿論ですわ」
「私が君を愛する事はない」
「解っております」
「万が一、君が私を愛する事があれば……」
「そのような事は天地がひっくり返ってもございません」
「……」
「契約書にもそう記載しておりますので、御安心ください」
「……そうだな」
「はい」
「だが、もしもという場合もある。その時はリード子爵家との事業は白紙に戻させてもらう。その旨、忘れずに」
「それは勿論ですわ。契約書にも書かれていますし。その時は契約通りに掛かった費用は全額子爵家持ちとなります」
「ふむ、良い覚悟だ。最初に言っておくが、私は友人の家であろうとも金にならない事をする気は全くない」
「はい。ビジネスに私情を挟まないのが私の信条です。もっとも兄は少々違うようですので、後から何か言ってくるかもしれませんね」
「君にかね?」
「いいえ、旦那様にです」
「私にか?」
「はい。兄は領地に行ったきりでこの五年程音沙汰ありません。父から元気に仕事をしているとしか聞いておりませんので」
「……随分疎遠だな」
「異性の兄妹などこのようなものですわ」
「……そうか。私は兄弟がいないので解らないがそうなのだろうな」
「ですから、兄から余計な金銭の話が出た場合は容赦なく切り捨ててくださって結構ですわ。友人だから、義理の兄弟になったのだからと甘い顔をすれば付け上がりますもの」
「ふっ、その通りだ。君は聡明な女性だ。これからよろしく頼む」
「こちらこそ」
私は差し出された手に自分の手を重ねて握り返しました。
こうして私と伯爵の契約結婚が成立致したのです。
私達の利害が一致している限り良好な関係を築いていけるでしょう。
寝室?
当然、別ですとも!
仮面夫婦にそんなものは必要としません。
――と、まぁそんな感じで始まった私達の結婚ですが、何故、このような契約結婚をしたかと言うとそれには訳があります。
それは今から半年前の事。
「アリックス、少しいいか?」
「お父様?お久しぶりですわね」
「ああ……」
「何か御用でも?」
「要がなければ来てはいけないのか?」
「そんな事はありませんが、お父様が私の屋敷に来るなど今までなかった事ですので」
警戒はしませんが、何か理由があると解釈するのが自然でしょう。
目を見開いて私を見る顔には「その通り」と書いてあるようです。
はあ……。どうやらこれは長くなりそうですね。仕方ありません。お茶の準備をいたしますか。
「それでどうされたんですか?」
紅茶を注ぎながら訊ねると、ようやく口を開き始めました。
本当に反応が遅いです。
「実はだな、最近になってお前の婚約話が浮上した」
「あらそうですか」
「なんだ。驚かんのか?」
「実家にいた頃に何度かあった事なので。それで?私の次の相手は誰でしょう?お兄様お勧めの例の男爵かしら?それとも三十歳年上の後妻かしら?」
「……すまん」
「まぁ、何の謝罪でしょう。当時、お兄様が仰った事でしょうか?それともお兄様が勝手に縁談を勧めようとした件でしょうか?」
「……」
「ほほっ。気にしてませんわ。お兄様からすれば『婚約者の心を繋ぎ留めれなかった私が悪い』という事ですものね。ただ、そういった内容は意地の悪い貴族内でのみ通用する事で、一般社会では通用しないという事はあの時に嫌と言う程理解なさってくださった筈ですわよね」
「あの子は領地に行ったきりだ」
「次期子爵ですもの。領地経営を勉強するのが遅かったくらいですわ」
「あの子も反省している」
「ええ、何かあればアレが自分だとバラされる事を恐れて、ですわよね」
「ぐぬぅ……そこまで言わなくても」
「事実ですので」
「しかしだな、そろそろ許してやったらどうだ?」
お父様、寝言は寝てから仰ってください。
兄が私にした仕打ちを忘れたのでしょうか?
それとも嫡男可愛さかしら?
ああ、もしかするとアレが原因でしょうか?
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