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名無しのエドガー
その日、私の親友である船橋えみるは、うんうんと難しい顔で唸っていた。
小学生からの幼馴染である彼女は、私と違って完全なアウトドア派である。また、中学生になった今でも男子と一緒に球技をやってボコボコに負かしていることが少なくない。身長も、大人と見間違えるくらい大きく、なんなら胸もかなりご立派というタイプである(中学生まで子供料金、という某動物園で、身分証明書を要求されたというのは有名な話だ)。
そんな彼女は、いつもなら休み時間に教室に留まったりしない。昼休みなら絶対、適当な男子を誘って“サッカーやろうぜ!”と飛び出しているところである。
それなのに。
「わかんねえ……どんだけ考えてもわかんねえ……!」
彼女は自分の席から、一歩も動こうとしない。腕組みをして、ぐぬぬぬぬぬ、と呻いている。
私の後ろから、恐れおののいた男子たちの声が聞こえて来た。
「あ、あの船橋が、教室から出ないだと……!?」
「俺らの誰にも遊びのお誘いがかからねえ!こんなことがあるのか!?」
「ま、まさか具合悪いとか……」
「何言ってんだ、馬鹿は風邪ひかねえんだよ!は!でももっと深刻な病気ならかかることもあるのか……!?こ、コロナとかインフルエンザとか!?」
「むしろその手のものにかかってたら学校来ちゃダメなやつでは」
「ああああああああああああああああ恐ろしや!こんなことが起きるなんてええええええええええええええええええええええええええええ!明日は雪でも降るんじゃなかろうかあああああああああああ!もうすぐ夏休みだけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「祟りじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「こえええええええええええええええええ!」
「な、なんだと……」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……!」
――お、お前ら……えみるちゃんをなんだと思ってんだ……!?
というか、お経唱え始めたやつまでいるのはどういう了見だ。私は呆れ果てた。何がって、ここまで遠巻きにしてひそひそしておきながら、誰一人肝心のえみるに声をかけないのである。
ここは仕方ない。私が行くしかあるまい。
「ねえ、えみるちゃんどうしたの?今日は元気ないみたいだけど?」
私が声をかけた途端、ひそひそしていた男子たちから確かに声が聞こえて来たのだった。
「ゆ、勇者じゃ!勇者がおるぞ!」
――だから!えみるちゃんは魔王じゃないっつーの!!
彼女が普段から、みんなにどう思われているのか見えるようである。
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