1章 始まりの音色

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「ねえ、西口のカフェ行かない?」 「あっ、ごめん。今日バイトだわ」 「塾の課題が終わらねえ。誰か教えて」    ホームルームが終わり、誰もが好き好きに口を開いた。この高校は私学で高い偏差値を誇るわりに、校風は自由だ。放課後の寄り道もアルバイトも禁止されていない。部活動も参加自由で、週一のまったりしたものから全国大会レベルのものまである。  かくいう奈凪も部活も行かなければならないのだが、今日はその前に日誌を完成させなければならない。 「あ、道具セット忘れた」 「捻挫、早く治らないかな。試合出たい、見学飽きた……」 「明後日、コンクールだと思うとお腹痛い……」  部活に所属する人たちはいそいそと教室を出ていく。奈凪はそれを脇目に日誌を書いていった。不幸中の幸い、全く記憶がないのに授業のノートは綺麗にとってあった。我ながら器用なものだなと感心しながら、授業の内容の欄を埋めていく。 ――あれっ?  奈凪はペンを止めて首をひねった。時間割は三限が古文になっているが、ノートは真っ白だった。プリントが配られたという様子もない。手を止め、指先でペンを一回転させる。それからもう一回転。もちろんそんなことをしてても、答えは出ない。古典だけ、ノートをとるのを忘れたのだろうか。でも担当の上田先生は厳しいから、ボーっとしていたり、指名に答えなかったりすれば、大目玉をくらう。いっそのこと、自習とでも書こうかと思っていると、頭上から声が降ってきた。 「三限は数学IIだろ?」  顔をあげると、柊斗が目の前に立っていた。 「今日はごめん、日直のことすっかり忘れてた」  奈凪が拝むように謝ると、柊斗は「うーん」と言って背もたれにまたがるように椅子に座った。 「別に日直はいいけどさ、今日はどうした?」  先ほどまでのふざけた雰囲気はどこか、柊斗は心配そうな声色で尋ねた。 「なんか、ボーッとしちゃってた。寝不足かも!」  奈凪は明るく返して、三限の教科を書き換えた。ノートを開いてみれば、たしかに一時間のだがそんな奈凪の誤魔化しは通じず、柊斗は呆れた様子で腕を組んだ。 「寝不足くらいで思い出せなかったら、それはそれでヤバいからな?」 「いや、これは時間割丸写ししちゃっただけだから」  奈凪があたふたと手で覆うように日誌を隠すと、柊斗はスッと目を細めた。
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