1章 始まりの音色

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『久しぶり。今日で僕が死んでから、ちょうど1年だね。元気だったかい?』  奈凪は机の影からスマホをそっと取り出し、メッセージを確認した。能天気とも不謹慎とも言える出だしに、小さく息を吐き出した。今日一日で何度この仕草を繰り返したかわからない。たぶん両手におさまらないだろう。朝一番にこのメッセージを受信してから、読んでは嘆息するを繰り返していた。 「……ら、いー、白井奈凪!」 「あっ、は、はい!」  名前を呼ばれているのに気がついて、奈凪はパッと顔を上げた。それと同時にスマホを机の奥に隠す。 「……ため息をつく挙句、何度も呼びかけても返事はしないし。そんなに先生の話はつまらないか?」  教壇で担任の黒石賢治が大袈裟に肩を竦めていた。黒石は奈凪と目があうと、さも悲しげに眉尻を下げた。 「ああ、わかってるよ。先生の話は退屈過ぎて、昼寝してる方が有益だって? 実際今日のC組の五限は半分くらい寝てたし、……先生もどうせなら寝たい」  最後にこぼれた本音に、教室のあちらこちらからクスクスと忍び笑いがあがった。黒石の悲しそうな仕草はあまりにもわざとらしく、クラス中の誰もが演技だとわかっていた。だから奈凪もそこまで真に受ける必要がないのはわかっていたが、何と返すべきかがわからなかった。  奈凪が迷っていると、奈凪の前の席に座る男子生徒が薄ら笑みを浮かべて口を開いた。 「ケンちゃん、さみしいな」 「……ああ。ちなみに先生は佐田が授業を全く聞かないのに、妙にテストの点数がいいことが一番虚しい」  黒石はジロリと男子生徒、佐田柊斗見つめながら頷いた。柊斗はフンッと鼻を鳴らして頬杖をついた。 「それは俺が効率よく学習してるってことで」 「いや、誇るほどの点じゃないからな。それに授業は聴け」  カッコつけて答えた柊斗に、黒石は呆れたように言った。それに対して柊斗は「ケンちゃんの美声は子守歌だから」と飄々と返す。教室のところどころから聞こえていた忍び笑いは最早抑えられておらず、吹き出すような笑いに変わった。
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