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黒石は日誌を手に取ると、十歩ほど歩いて奈凪の机の上に置いた。
「白井、今日は日直だろう?」
「え?」
奈凪は目を丸くして、首を傾げた。もうすぐ放課後だというのに、日直の仕事を何一つした記憶はなかった。そんな奈凪に黒石はやっぱりと言わんばかりの顔をした。
「忘れてただろう?」
「……すみません」
本当のところ忘れるどころか、日直だったということを覚えてすらいなかったのだが、黙っておく。素直に言って、わざわざさらに怒られにいく必要などない。黒石はもう一度肩を竦めると、教室前方へ戻りながら口を開いた。
「休み時間、佐田が黒板消してたぞ。だから最低限日誌くらいは書いて、あとで職員室に出しに来いな」
「はーい」
日誌をめくりながらのんびりとした返事をする。だが内心は焦りまくりだった。
――今日、何したっけ……?
不思議なくらい、ほとんど記憶がなかった。壁に貼られた真新しい時間割を見れば教科くらいはわかるが、単元や内容が思い出せない。どうやら今日一日、上の空で過ごしすぎたようだ。
ひとまずわかるところから埋めようと日付を記入していると、黒石が足を止めた。
「それから何か白井にもう一つ用があったんだけど……、何だったかな?」
口元に手を当てて思案顔の黒石に、佐田がクククッと笑い声を上げた。
「……ケンちゃん、歳だね」
「馬鹿言うな、まだ二十代だ」
黒石は柊斗を憤慨したようにひと睨みすると、また何処からかクスッとした失笑が聞こえた。
「まあ、いい。どうせ、あとで思い出すだろう。……それじゃあ、号令」
黒石が振り返り、奈凪と目があった。奈凪は慌てて叫んだ。
「き、起立!」
ガタガタと椅子を引く音が響く。いつの間にか、今日はもう終わりだ。
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