1章 始まりの音色

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「じゃあ、三限が数学になった理由は?」  柊斗の問いに奈凪は視線をそっとそらした。 「んー、先生の娘さんが具合悪くなって、急遽迎えに行くことになったから、だよね?」  去年もそんな出来事があった。当てずっぽうで話すと、柊斗は背もたれに顎をのせて深いため息を吐いた。 「勘で答えるなよ」 「……流石、よくわかったね」  奈凪が感心して頷くと、柊斗は「ナメんなよ、幼馴染み歴十三年」と左の口角を上げた。 「そっか、もうそんなに経つんだね。こんなにちっちゃかった柊斗もこんなんだもんね」  親指と人差し指で拳大の大きさをつくりながら、柊斗を見上げる。柊斗はニヒルな笑みを浮かべて机の上を指さした。 「俺がそのくらいなら、奈凪はこれだな」  柊斗の指先にあったのは、消しカスだった。風どころか人の吐息一つで、すぐに何処かへ飛んでいってしまいそうなほど小さい。 「ちょっと、ひどすぎない?」 「今の奈凪は、こんな感じだよ。目を離したら、どっかに消えていなくなりそう」 「……日誌書かなきゃだし、その後も部活があるから、いなくなりようがないよ」  奈凪は日誌に視線を落とし、ペンを動かした。実際は柊斗の心配は図星だった。きっと今はもうこの世界にいない人に、心を引き寄せすぎたのだろう。  奈凪が無心になって日誌を埋めていると、柊斗は鞄から自分のスマホを取り出して「あ」と声をあげた。 「飯山が奈凪のチャットに既読がつかないって言ってるぞ」 「えっ、嘘?」  飯山友梨は隣のクラスの華道部仲間だ。華道部には同学年は奈凪と友梨しかおらず、他に先輩が五人、後輩が九人いる。 「あー、もうすぐ部活の時間か。遅れるって言わなちゃ」  文化部と言えど、華道部は上下関係と礼儀作法には厳しい。  奈凪は時計を確認して口をへの字にすると、机の中からスマホを取り出した。ピンコードを入れてタップすると、ついさっきまで見ていたメッセージ画面が表示された。  送り主は高科櫂。年齢は奈凪の一つ上だった。 「何、黄昏れてんの?」  柊斗がけげんそうな声とともに手を伸ばし、スマホを奪いとった。
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