5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「じゃあ、三限が数学になった理由は?」
柊斗の問いに奈凪は視線をそっとそらした。
「んー、先生の娘さんが具合悪くなって、急遽迎えに行くことになったから、だよね?」
去年もそんな出来事があった。当てずっぽうで話すと、柊斗は背もたれに顎をのせて深いため息を吐いた。
「勘で答えるなよ」
「……流石、よくわかったね」
奈凪が感心して頷くと、柊斗は「ナメんなよ、幼馴染み歴十三年」と左の口角を上げた。
「そっか、もうそんなに経つんだね。こんなにちっちゃかった柊斗もこんなんだもんね」
親指と人差し指で拳大の大きさをつくりながら、柊斗を見上げる。柊斗はニヒルな笑みを浮かべて机の上を指さした。
「俺がそのくらいなら、奈凪はこれだな」
柊斗の指先にあったのは、消しカスだった。風どころか人の吐息一つで、すぐに何処かへ飛んでいってしまいそうなほど小さい。
「ちょっと、ひどすぎない?」
「今の奈凪は、こんな感じだよ。目を離したら、どっかに消えていなくなりそう」
「……日誌書かなきゃだし、その後も部活があるから、いなくなりようがないよ」
奈凪は日誌に視線を落とし、ペンを動かした。実際は柊斗の心配は図星だった。きっと今はもうこの世界にいない人に、心を引き寄せすぎたのだろう。
奈凪が無心になって日誌を埋めていると、柊斗は鞄から自分のスマホを取り出して「あ」と声をあげた。
「飯山が奈凪のチャットに既読がつかないって言ってるぞ」
「えっ、嘘?」
飯山友梨は隣のクラスの華道部仲間だ。華道部には同学年は奈凪と友梨しかおらず、他に先輩が五人、後輩が九人いる。
「あー、もうすぐ部活の時間か。遅れるって言わなちゃ」
文化部と言えど、華道部は上下関係と礼儀作法には厳しい。
奈凪は時計を確認して口をへの字にすると、机の中からスマホを取り出した。ピンコードを入れてタップすると、ついさっきまで見ていたメッセージ画面が表示された。
送り主は高科櫂。年齢は奈凪の一つ上だった。
「何、黄昏れてんの?」
柊斗がけげんそうな声とともに手を伸ばし、スマホを奪いとった。
最初のコメントを投稿しよう!