5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「ちょっと! 友梨に返信しなくちゃいけないんだから!」
慌ててとりかえそうとするが、柊斗は立ち上がってとぼけた顔をした。
「ああ、ごめん。それ、嘘」
「へ?」
「だって俺、そもそも飯山の連絡先なんて知らないし」
飯山も俺に教える気ないだろうしと柊斗は何食わぬ表情で続けた。
たしかに友梨はそう簡単に男子に連絡先を教えないだろう。ツンと高い鼻につぶらな瞳。雪のように白い肌に、クセのないまっすぐな黒髪。友梨の容姿は誰から見ても、「高嶺の花」に等しい。下手な相手にアドレスやアカウントを教えれば、一瞬にしてひろめられてしまうだろう。
だが嘘をついてまで人のスマホを奪おうとするのはいただけない。その上柊斗は奪ったスマホの画面をガッツリ読んでいる。プライバシーも、何もない。
「なあ、この『高科櫂』って奈凪の、……元カレだったよな?」
「……うん、そう」
睨んでもスマホを返してくれず、奈凪は諦めて首を縦に振った。
「その人、去年亡くなったよな?」
「ちょうど、一年前の今日だよ」
柊斗の疑問に、奈凪は静かな声で答えた。
櫂は去年の四月十七日の未明、自宅のマンションのマンションの屋上から転落した。頭を強く打ちつけ、即死だったらしい。
奈凪は櫂の訃報を知ったのは、朝八時半頃だった。その日は珍しく寝坊して、家を出るのが遅刻ギリギリになってしまった。慌てながら自転車のカゴに荷物を放り込むと、鞄の中から着信音が鳴った。でも学校に間に合わなくなると、奈凪は無視した。
学校にはなんとか間に合った。奈凪はひと安心すると、駐輪場でようやく着信のことを思い出した。スマホを確認すれば、五分おきに計四回の着信履歴があった。全て櫂の妹の雫からだった。
ひどく胸騒ぎがして、すぐさま奈凪は折り返した。だが繋がらない。やっとの思いで電話が通じたのは、三回目の発信のときだった。
『櫂が、死んだ』
雫は唐突に一言放った。
『……え?』
喉からこぼれた声は、他の人のもののように聞こえた。
意味がわからなかった。信じられなかった。
急速に音が遠のいていった。スマホの向こうで雫が何かを言っていたが、上手く聞き取れなかった。目の前の生き生きとした新緑が一瞬にして、色を失っていった。
最初のコメントを投稿しよう!