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「まさか、本人からなんて思ってないよな?」
訝しげな声に、奈凪は目を開いた。顔を上げると、柊斗と目が合った。柊斗はこめかみを抑え、低い声でぼそりと言った。
「死んだ奴は、メッセージを送らないからな」
「そんなこと、わかってるよ」
柊斗の念押しに、奈凪は弱々しい声で返した。
教室に静寂が広がる。
いつの間にか、みんな教室を出ていったらしい。廊下からも人の気配がしない。だけれども遠くからトランペットの調子外れな音が響き、校庭からは気だるそうな運動部の掛け声が聞こえた。放課後の序曲が始まっている。
奈凪は日誌の残りの空欄を適当に埋めると、筆記用具を鞄に放り込んだ。奈凪も早く部活に行かなければならなかった。集中出来るかどうかは、別の話だが。
「あっ、奈凪! 部活、始まってるよ」
鞄を肩からかけると同時に、声がかかった。振り返ると教室後方の入口からひょっこりと顔をのぞかせている女子生徒がいた。
「友梨! ごめん、日誌を職員室に出してから行くね!」
奈凪は片手を上げて詫びた。それから一歩足を踏み出すと、力強く腕が引かれた。何事かと思って振り向くと、柊斗が真剣な眼差しで奈凪を見つめていた。
「そんなんで、部活行く気か?」
聞きとるのがギリギリの小さな声で、柊斗は尋ねた。
「もちろん――」
「ほら、清水。奈凪と一緒にいたいのはわかるけど、手を離しなよ」
奈凪の返事に被るように、入口から友梨が叫んだ。
「ちげえよ!」
柊斗は咄嗟に奈凪をの腕を離した。ムキになったように赤くなった顔を隠すように、そっぽを向く。
すると今度は教室前方の入口に寄りかかる教師の姿が目に入った。
「ほらほら、いちゃつくのは先生の目の届かないところにしてくれ」
呆れたような眼差しで腕を組む石黒を、柊斗はジトリと睨んだ。
「……ケンちゃん、忘れた用事は思い出した?」
「ああ。だから戻ってきた」
「よかったね、認知症がそんなに進んでなくて」
淡々と返す石黒に、柊斗は黒子の浮かぶ口元を歪めて茶化した。石黒は小さくため息をつくと、小首を傾げて言った。
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