君と最後に散った花

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「こっち」  その子が手招きする。  立ちどまりそうになる足を叱咤しながら僕も進む。ひとつの部屋を彼女は指差した。鍵はかかっていない。するりとドアを抜ける背中をあわてて追いかける。入った瞬間、思わず息をとめた。誰も使っていない部屋の天井に青い星空があった。 「きれいでしょ?」  言葉を継げない僕を横目に自慢げな声がする。その子は部屋の中心のベッドにばふんと横たわった。窓から日が差していて、舞いあがった埃を照らす。 「いつもひとりで来てるんだ。嫌なことがあったときに」  僕もゆっくり進みでる。横になることはためらわれて、ベッドのふちに腰かけた。砂金をまぶしたような小さな星が輝いている。スパンコールだろうか。本当は電気で光るのかもしれない。控えめな光はいっそう本物の星を思わせた。  真夏の天井に浮かぶ星。そんな言葉がふいに浮かぶ。意外に涼しいのも本当だった。ここは誰もいないホテルで、空調も効いていないのに。    遊ばない?って言ったわりに、その子はそんな提案なんて忘れたように眠っていた。おいていくわけにもいかなくて手持ち無沙汰でいるさなか、あらためて天井の星を眺めた。外は真昼なのに、ここは全部夜みたいだ。  しばらくボーッとしていると、その子はハッと目を覚ました。そして大きく伸びをして、 「寝ちゃった」とあくびした。 「ここに来ると、いっつも眠くなっちゃうんだよね」 「一緒に遊ぶんじゃなかったの?」 「今日はこの場所を見せたかったの。遊ぶのはまた今度にしない?」 「それでもいいけど」  本当は入っちゃいけないはずの、この子と僕の秘密基地。そんなふうに思うと、胸の奥がすうすうした。 「そういえば名前なんていうの?」  ふいにその子がそう訊いた。 「東の方って書いて、はるかた」  その子は目をまるくした。 「変わってる」 「よく言われる」 「わたしは、みちか。未知の夏って書いて、みちか」 「未知の夏?」  今度は僕が訊きかえす。 「わたしのも変わった名前だよね」 「未知夏」  僕が試しにそう呼ぶと、 「東方」と返された。 「わたしたち、春と夏なんだね」  大人っぽい口調で未知夏がそう言って、なんだか一年の半分をひとりじめした気分になった。 「また公園で会おうね」  そう言って手を振って別れたのに、その日以降、未知夏が現れることはなかった。  次に未知夏と会ったのは、小学校を卒業して中学にあがった夏休みだった。
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