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「東方、ひさしぶり」
家に帰る途中、懐かしい声にふりむくとそこに未知夏が立っていた。
「未知夏?」
びっくりして訊きかえす。あまりに突然だったから。未知夏は照れたようにうすく笑ってみせた。そして僕の方をまっすぐ見つめたまま、
「また一緒に遊べる?」と小さな声でつぶやいた。
未知夏は何も変わっていない。あの日の僕を思いだす。未知夏と遊ぶ約束をしたこと。心の底で会えるのをずっと楽しみにしていたことも。
「じゃあ、ホテルまで会いにきて。いつでも大丈夫だから」
夏休みは始まったばかりだ。今度こそ一緒に遊べると思うと、胸のなかに温かな光が灯る感覚があった。
次の日、記憶をたよりに廃ホテルまで行くと、本当に未知夏は待っていた。
「あの部屋のこと覚えてる?」
うん、と僕はうなずく。
天井でまたたく小さな星。
「わたし、ここで東方とやりたいことがあるんだ」
背中に汗が流れおちる。セミの鳴き声が遠ざかって、未知夏の声だけがハッキリ響く。
「一緒に宝探ししない?」
「宝探し?」
「わたしの友達がね、大切なものをアルミの缶に入れたの。誰にも取られないように」
小さく息を吸いこんで未知夏が話しはじめる。
「それで、そのアルミの缶をホテルに隠したんだって。だから見つけてほしいって。ちょっと理由があって、その子はここに来られないから」
「どこに隠したか覚えてないの?」
「訊いてみたんだけど、思いだせないんだって」
「そういうことなら協力するけど」
廃ホテルでの宝探し。何より未知夏が困ってるなら、助けになってあげたかった。
「じゃあ、さっそく今から探す?」
「いいの?」
僕が大きくうなずくと、未知夏はすぐに笑顔になった。
一年ぶりの廃ホテルはどこも変わってないように見えた。薄暗くて、割れた窓からいくつも日が差していて、入ると気温が下がる気がする。記憶のとおり、廊下を抜けるとつきあたりに階段があった。
「あの星空の部屋は?」
「探したよ。でも、なかったんだ」
「そっか」
それから僕たちは順番にホテルの部屋を探しまわった。どの部屋も薄暗く、窓から入る光の量も均一ではなかった。だんだん日が暮れていく。夕方の光がさえぎられると、そのぶん探しにくくなった。見にくい場所ではときどき、スマートフォンのライトをかざさなければいけなかった。提案されたときは簡単に見つかると思ったのに、うまくいかないものだ。
「明日も探す?」
さすがに暗くなってきてこれ以上続けるのが難しくなってきた頃、未知夏にそう訊いてみた。
「来てくれるの?」
「いいよ。いつも暇してるし」
この数年間、会えなかった月日を埋めたい気持ちがあった。僕がそう言うと、未知夏は泣きそうな顔をして、
「ありがとう」とつぶやいた。
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