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「ねえ、今から帰るところ?」
誰もいない公園から帰ろうとしたときだった。自転車にまたがってハンドルを握った瞬間、そう訊かれた。見たことない女の子だった。
「そうだけど」
本当は公園で待ちあわせしていた。十三時に友達と遊ぶ予定だったのだ。でも、友達は来なかった。急に来られなくなったのかもしれない。時計は十三時半だった。一日で一番暑い時間。待っているのも限界だった。
「じゃあ、わたしと遊ばない?」
「え?」
その子は僕の手を引いた。
「こっち来て。わたし遊ぶのにピッタリな場所、知ってるんだ」
言われるがまま、自転車でついていく。進んでいくと、フェンスがはりめぐらされた大きな建物にたどりついた。立ち入り禁止と書いてある。そこは、ホテルのようだった。もう使われていないホテル。
「ここ?」
思わずゴクリと喉が鳴る。
「意外と涼しいんだよ」
その子はそう言って、フェンスの隙間から入っていこうとする。
「入って大丈夫なの?」
あわてて自転車から降りてフェンスの前に停める。こわい気持ちが少しと、好奇心が半分ちょっと。結局好奇心がまさって、その子の背中を追っていた。
建物のなかは黴のにおいがした。本当に人が誰もいない。割れてひびが入った窓から、うすく日が差している。その光がなければ真っ暗だっただろう。恐怖がどんどんふくらんで、胸の鼓動をかき乱す。こわいとは言えなかった。僕と同じくらいの子が全然こわがっていないのに、こわいなんてどうして言えるだろう。小さなプライドが邪魔をして本音を言いだせないまま、暗い廊下を抜けていく。
その子は迷うことなく進んでいくと、つきあたりの階段をのぼる。晴れている日でよかった。もし曇りだったら、もっと辺りは薄暗くて、こわさは増していただろう。
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