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「そうそう、それがね」
聡子は元の笑顔を惣太に向けて、
「当日の朝、4区の選手が体調不良で走れなくなって。補欠登録だった啓太くんが、エントリー変更で出たらしくて」
「そうだったんだ?」
「うん。愛美も私も、そんなこと知らなかったから。啓太くんも報せてくれればいいのに……」
「いや。報せないんじゃないかな」
「……そんなもの?」
「うん。逆境に立たされて、彼女と距離を置くタイプの男なら、そうすると思う。まして、急に走ることになったんなら」
「……そっかぁ」
聡子は軽くハスを尖らせながら、ストローでアイスティーの氷をかき混ぜる。
そんな彼女見て、ちょっと笑いながら、
「それに、啓太っていう人は、愛美の前ではずっと憧れのヒーローだったんだろ?」
「あぁ、そっか……確かに、分かる気がする」
顔を上げ、惣太を見る聡子に、
「だろ?まぁ、俺だったら、真っ先にみんなに報せるけどね。出られることになったぞ。みんな応援してくれ、って」
「ははは。惣太くんらしいね」
二人で笑い合って、ストローを口にする。
「じゃあ、あの後、愛美は……?」
改めて惣太が訊く。
「風祭の中継所に行ったんだよ」
「やっぱり……それで、啓太くんと?」
うん、と聡子は頷いて、
「いきなり押しかけて。もちろん、関係者に止められたけど、吉田啓太の彼女です。どうしても会わせてくれって、頼み込んだんだって」
「愛美が?」
「うん。自分でそう言ってたよ」
そう言って、「やるよねぇ」という表情をする。
「嬉しいだろうね。啓太って人も」
言葉とは裏腹に、嫉妬に心が疼く。同時に、愛美の彼への気持ちはそれほどだったんだと思い知らされ、潔い敗北感のようなものも覚えた。
「後になって、啓太くんから聞いたんだけど……」
聡子が続ける。
「会いに来てくれたことより、ボロボロの自分を受け入れてくれたことが嬉しかったって」
「……そっか」
敵わないな、と思う一方で、啓太という男の気持ちも分かる気がして、
「それで、今日の二人か……」
呟きながら、窓の向こうの港に目をやる。
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