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そのまま年が明け、正月を小田原の実家で過ごしていた惣太は、愛美を箱根駅伝の見物に誘った。
帰省先の伊豆から出てきた愛美と、小田原駅で落ち合った惣太は、歩いて十分ほどの国道沿いに出る。
沿道は大観衆だったが、二人は運よく、一番前に出ることができた。
「がんばれー!」
目の前を、一人、また一人と選手が通過していくたびに、愛美は、大きな声援を送っていた。
「すごい迫力だね!」
隣の惣太の顔を見上げる。駅伝を生で見るのは初めてだという彼女の頬は、軽く上気していた。
筋肉躍る脚で、アスファルトを強く蹴り上げ、一瞬のうちに目の前を横切っていくスピード感。そして息づかい。
(機関車のようだ……)
テレビでは伝わってこないその迫力に、惣太も圧倒されそうになりながら、通過していく選手を夢中で追っていた。
と、東京方面から、新たな声援の波が近づいて来るのが聞こえた。また一人、選手がやって来るようだ。
「○○、頑張れ!」
「あと少しだぞ!」
沿道から声が飛ぶ。
少し身を乗り出して見ると、近づく選手の腹に『M大学』というゼッケンが見えた。
「愛美の母校の選手だよ!」
少し興奮しながら、後ろにいる愛美を振り返る。
「……?」
その彼女の姿に、軽い違和感を覚えた。
さっきまでの興奮が冷め、一歩引いて考え事をしているように見えたからだ。
それでも、惣太の言葉に気づいた愛美は、
「えっ」
我に返ったように小さな声を上げ、国道に顔を出して、来る選手を見やった。
近づくにつれ、選手の表情が苦しそうに歪んでいるのが分かった。
「吉田、頑張れ!」
「啓太、大丈夫だ。リラックス、リラックス」
大声援を受け、M大学の吉田啓太選手が駆け抜けていく。
腕を大きく振り、肩を煽るようにして走る姿がとてもしんどうそうで、
「頑張れーっ」
惣太も思わず、それまでで一番大きな声援を背中に送った。そして、はるか遠くに見えなくなるまで見守り続けた。
「さぁ、俺の母校はまだかなぁ……」
苦笑いをしながら、隣の愛美に視線を向ける。が、
「あれ?」
いるはずの彼女が、そこにいない。
周囲を見回すが、見当たらない。
(母校の選手を追いかけていった?)
惣太は、二列三列になっている観衆の後ろに出て、選手が走り去っていった方向へ歩きながら愛美を探す。しかし、どこまで行っても彼女の姿は見出せなかった。
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