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「故郷に帰ったんだと思う」
駅伝から二か月ほど経った頃、同じフロアーで働く、同期の聡子が言った。
聡子と愛美は、大学時代からの友人だった。
3時の休憩の時、コーヒーを飲みに行った食堂で、たまたま彼女と一緒になった。
「故郷って、伊豆の?」
驚きを隠せずに訊く。聡子は「うん」と頷いただけで、窓の外に視線を投げた。
20階のここからの眺めは、すこぶるよい。
空気の澄んだ日には、富士山から箱根、伊豆の山々まで見通せる。
「じゃあ、会社は?」
「うーん……多分、辞めるんじゃないかな」
「えっ、まじ?」
聡子の横顔を見つめるが、それ以上、何も言おうとしない。
「ねえ、聡子ちゃん、何か知ってるの?」
「……」
「知ってるなら、教えてくれないかな?」
「ちゃんと付き合ってたの?」
急に向けられた視線と、直球の質問に、ドキッとして目を逸らす。
(そう改めて訊かれると……)
区切りとか、告白とか、そういうものは無かったと思う。
「そうじゃないなら、忘れた方がいいと思う」
「……?」
「忘れてあげて。愛美のこと」
聡子はそう言って、紙コップのコーヒーを飲むと、今度は優しい微笑を惣太に向け、
「惣太くんにとっても、その方がいいと思う」
そう言い残し、空になったカップをポンとゴミ箱に投げ入れ、食堂を出ていった。
(どういう意味?)
聡子の後を追いかけていって訊こうと思ったが、思い止まった。
(必要なことは、ちゃんと伝えてくれるのが聡子だ。それを言わないのは、何か理由があるからに違いない)
そんなことを考えながら、遠くの箱根や伊豆の山々を見ようとした。が、春霞みに包まれた今日は、まったく見えなかった。
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