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 聡子の言葉だけを頼りに、伊豆にやって来た。  2カ月前に、忽然と姿を消した愛美。  思えば、聡子に訊かれたように、愛美には自分の気持ちをちゃんと伝えていなかった。 (俺が、勝手に付き合っている気になっていただけ……?) そんな事実を突き付けられたようで、悲しくなる。 (はっきり言うべきだったのかも知れない)  愛美とちゃんと話がしたくて、今日、ここを訪れたのだ。  小さな温泉宿をやっていると聞いたことがある。 『民宿ななくら』  確かそう言っていた。  七倉愛美……たぶん、そこの娘なのだろう。  会えるあてもないままに、予約を入れた。  最寄りの停留所まであと3つというところで、愛美を見た気がした勢いでバスを降りた。 「愛美だったよね?」  飛び交うカモメたちに訊いてみる。  キュー、キューと鳴きながら旋回するカモメたち。 「こんな所に、いるわけないかな?」  もう一度訊いてみたが、海鳥たちは、近くの船着き場に戻って来た漁船を追いかけて去っていった。  さっき降りたバス停に戻ろうと、仕方なく腰を上げ、何気なく反対側の山の方へ視線を向けた時だった。 (あれ!?)  食堂から出て来たひと組の男女に、釘付けになる。正確には女性の方に。 「愛美!」  思わず、小さく声が出る。  紛れもなく、愛美だった。  視線は男の方へ。 (誰……?)  愛美に寄り添うようにしている長身の男。  見上げる愛美の笑顔が弾ける。 それは、惣太には向けたことのないような眩しさだ。続けて、 「ふふふ……」 彼女の軽やかな笑い声までが届く。それもまた、惣太が初めて聞くようなソプラノ。 快い響きが、惣太の胸の中では却って嫉妬を産んだ。 それが一気に広がり、やり場のない苦しみに、拳を握りしめた。  二人は、立ち尽くす惣太に気づくことなく、駐車場に停めてあった軽乗用車に乗り込むと、間もなく、男の運転する車で去っていった。  短い時間ながら、惣太は二人の関係を悟った。  『民宿ななくら』は、たった今、二人が車で走り去った方向にある。  行く気を失った、いや、苦しい映像の続きを見てしまいそうで怖くなった惣太は、さっき降りた停留所からバスに乗って、駅へと戻った。  陽が翳った窓の向こうの海は、さっきよりも波立って見えた。  その上を旋回するカモメたちを見つめるうちに、男への嫉妬が再び渦を巻く。 (誰なんだ……)  細身でありながら、がっちりとした体格。それに、遠目ながら、どこかで見たことがあるようで、心にひっかかるあの顔……。  が、思い出せないまま、バスは終点のI駅に着いた。
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