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6
『民宿ななくら』のキャンセルを済ませた惣太は、都内までの帰りの切符を購入すると、改札へ向かおうとした。
同時に、多くの乗客が改札から出てきた。
やり過ごそうとして脇で待っていた時、その中に、よく知った顔を見つけ、
「えっ!」
思わず驚きの声を漏らした。続いて、
「聡子ちゃん!」
目の前を通り過ぎようとする彼女に声をかけた。
「あっ……」
惣太を認め、驚きの表情のまま立ち止まった聡子を、客たちが邪魔だと言わんばかりに追い越していく。
「なんで聡子ちゃんが?」
彼女はそれには答えず、「ここじゃあナンだから」と、駅中にあるカフェを指差した。
「急に有休なんか取るから。普段取らない惣太くんが……」
甘党の聡子が、コーヒーに砂糖とミルクポーションを入れ、スプーンでかき回しながら切り出した。
「ここに来たんじゃないかって思ったんだよ。ほら、こないだ私が言ったから。愛美は故郷に帰ったと思うよって」
「あぁ……」
先週の3時の休憩時のことを思い出す。
忘れた方がいいと、聡子は言ってくれたのだが、モヤモヤしたままがイヤで、今日こうして来たのだ。
「で、会えたの?」
聡子が、コーヒーをひと口飲んで訊く。
惣太は黙って首を振った。
「そう。それじゃあ……」
「て言うか……」
何か話そうとする聡子の言葉の上から、惣太は、さっき食堂の前で見た光景を話した。
カップを持ったまま、じっと聞いていた聡子は、ひと通り聞き終えたところで、カップをソーサーに置くと、
「やっぱりそうだったか」
納得というように小さく2,3度頷きながら言った。
「……やっぱり?」
「吉田啓太」
「吉田啓太……あっ……」
「そう。分かるでしょ?」
頷く惣太の頭の中に、2カ月前の箱根駅伝の映像が流れる。
第4区を走る、M大学の選手。
惣太の目の前を、しんどそうに顔を歪め、肩を煽りながら駆け抜けていった、長身のランナー。
(だからか……)
惣太は、少しだけ腑に落ちるものを感じていた。
さっき食堂の前で彼を目にした時、どこかで見たような気がしていたこと。
そして、駅伝見物の時、吉田啓太というこの選手が駆け抜けた後、愛美が姿を消してしまったこと。
「でも……」
と、新たに湧いてくる疑問を口にしようとすると、聡子が
「愛美と啓太くんは、幼なじみなんだよ」
と言ってコーヒーをひと口含んでから、二人の関係について話してくれた。
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