1/5
前へ
/11ページ
次へ

 『民宿ななくら』のキャンセルを済ませた惣太は、都内までの帰りの切符を購入すると、改札へ向かおうとした。  同時に、多くの乗客が改札から出てきた。  やり過ごそうとして脇で待っていた時、その中に、よく知った顔を見つけ、 「えっ!」  思わず驚きの声を漏らした。続いて、 「聡子ちゃん!」  目の前を通り過ぎようとする彼女に声をかけた。 「あっ……」  惣太を認め、驚きの表情のまま立ち止まった聡子を、客たちが邪魔だと言わんばかりに追い越していく。 「なんで聡子ちゃんが?」  彼女はそれには答えず、「ここじゃあナンだから」と、駅中にあるカフェを指差した。 「急に有休なんか取るから。普段取らない惣太くんが……」  甘党の聡子が、コーヒーに砂糖とミルクポーションを入れ、スプーンでかき回しながら切り出した。 「ここに来たんじゃないかって思ったんだよ。ほら、こないだ私が言ったから。愛美は故郷に帰ったと思うよって」 「あぁ……」  先週の3時の休憩時のことを思い出す。  忘れた方がいいと、聡子は言ってくれたのだが、モヤモヤしたままがイヤで、今日こうして来たのだ。 「で、会えたの?」  聡子が、コーヒーをひと口飲んで訊く。  惣太は黙って首を振った。 「そう。それじゃあ……」 「て言うか……」  何か話そうとする聡子の言葉の上から、惣太は、さっき食堂の前で見た光景を話した。  カップを持ったまま、じっと聞いていた聡子は、ひと通り聞き終えたところで、カップをソーサーに置くと、 「やっぱりそうだったか」  納得というように小さく2,3度頷きながら言った。 「……やっぱり?」 「吉田啓太」 「吉田啓太……あっ……」 「そう。分かるでしょ?」  頷く惣太の頭の中に、2カ月前の箱根駅伝の映像が流れる。  第4区を走る、M大学の選手。  惣太の目の前を、しんどそうに顔を歪め、肩を煽りながら駆け抜けていった、長身のランナー。 (だからか……)  惣太は、少しだけ腑に落ちるものを感じていた。  さっき食堂の前で彼を目にした時、どこかで見たような気がしていたこと。  そして、駅伝見物の時、吉田啓太というこの選手が駆け抜けた後、愛美が姿を消してしまったこと。 「でも……」  と、新たに湧いてくる疑問を口にしようとすると、聡子が 「愛美と啓太くんは、幼なじみなんだよ」  と言ってコーヒーをひと口含んでから、二人の関係について話してくれた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加