桜のかんざし

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桜のかんざし

「……あっ、新しい渡り霊(わたりだま)!」  まだ夜が明けて間もない時間帯。 私は朝日が差し込む真っ赤な門の前に駆け寄った。 そこには根っこの生えた草のようなものが一束、ぽつんと落ちている。 色は茶色っぽい深緑色で形はひだ状、触るとぬめぬめしていた。 見た目は少し気持ち悪い。 「見たことない草です。早速持ち帰りましょう」  私はたもとから手のひらほどの小さな植木鉢を取り出し、土をかき集めてその草を植えた。 そして、潰してしまわないように丁寧に手拭いに包む。  “渡り霊”とは時々もう一つの世界から流れ着く異物のことで、それは神様が作った結界の門の前に忽然と現れる。 そして、こちらの世界の者が誰も触れなければまた忽然と消え去るのだ。  時にはこのようなおぞましいものが届くので、門の向こうには鬼が住んでいるに違いないとされていた。 それゆえ、人々は結界のことを鬼門と呼んでいる。  神の使いである干支が守る鬼門。 それは都の東北に位置し、高さは一間半ほど。 街の中にぽつんと、扉の閉められた状態の真っ赤な門だけが建っている。 ここのところ毎日渡り霊が落ちているから結界が緩み始めているのかもしれない。  今日は二つ落ちてたりして……?  鬼門に毎朝通い、落ちている渡り魂が植物であれば回収して育てるのが私の日課だ。 他にも目ぼしいものがないか見ていると、一瞬目の前がぐらっと揺れた。 「……?」   地震かと思って辺りを警戒する。 すると、どこからか何かがぶつぶつと言うような声が聞こえた。  中性的な少し掠れた声と、声変わりが始まったばかりのような幼い少年の声。  ーー空耳? いえ、これは……鬼門の中から?  私は吸い寄せられるように鬼門に耳を寄せた。
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