桜のかんざし

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「……どうなった?」 「いえ、まだ少し……です」 「くそ、僕たちには時間がない」  っ!!!!  私は勢いよく鬼門から後ずさった。 足が震えて転んで、なんとか必死に立ち上がる。  今、今、言葉が聞こえた気がしました。 鬼門の中から!! 鬼って喋るのですか!? と、とにかく屋敷に帰りましょう!!  私は色褪せた浅葱色の着物の裾を持ち上げて、時々足がもつれながらも走った。 右に曲がったり左に曲がったりしているうちに都で一番大きな屋敷に到着する。 干支の中でも一番権威のある子の一族、綺鼠家の屋敷だ。  叔父様はもう起きているだろうか? さっきのことを報告しないと。 「すず!!」  母屋に行こうと廊下を歩いていると、後ろから怒気を含んだ声が聞こえた。 振り返ると焦茶色の羽織袴を着た四十代くらいの男性と、紺色の着物を着た二足歩行の白い狐が一人。  中年男性は叔父の雅也様。 それから隣の狐はお付きの常子さんだ。 「あっ、おじさ……」  叔父様に声をかけようとして、私ははたと立ち止まった。 後ろに見知らぬ青年を連れている。  青年は、髪は艶のある黒髪で目は大きく金色。 目鼻立ちが恐ろしく整っていて、妙に色気がある。 派手な柄物の着物を着ているけれど、それが嫌らしく見えずむしろ顔の良さを引き立てていた。  一体どなたでしょう……? 「お前、こんなところで何をしている。朝の支度はどうした」  そう叔父様に問われて私はハッと意識を青年から戻した。 「あっ。その、私報告したいことがあ、ありまして……」 「報告だと?」 「は、はい」 「寝言は寝てからにしろ。お前から受けるべき報告など何もない。変化もできぬ”祟り”が」  私を見下ろす冷たい目。 その瞬間、私は全部の言葉を飲み込んだ。 叔父様の隣にいる常子さんが白くてふわふわした毛並みの手を口元にやってふふっと笑う。
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