桜のかんざし

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 人には、三つの姿があるとされている。 一つは、野生の姿を表したケモノの姿。 二つ目は、常子さんのような五尺ほどの大きさの二足歩行になったケモノの姿で、これを半獣と言う。 そして三つ目は角も獣の耳もしっぽもない聖獣の姿。 この姿になれば四肢はすらりと伸びて指も長い。 体に毛はなく、頭に髪があるだけ。    これらの姿は変化によって自由に変えることができる。 最も、聖獣の姿は霊力を得た姿とされ神の使いである干支しか持っていないのだけれど。  叔父様の言う”祟り”とは、私に変化の能力がなく生まれた時からずっと成獣の姿で暮らしていることだ。 つまり、成獣の姿を持つ私は干支。 この綺鼠家の一員なのである。 ……これでも。 「す、すみませんでした……」 「謝罪がなっとらん!」 「きゃっ」  叔父様は私を床に突き倒す。 そして目の前にしゃがむと、何かを催促するように手にしていた扇子で床をトントンと叩いた。 「差し出がましいことを言って申し訳ありません。だろう」  干支が神聖なものとされているのは、姿を三つ持っているから。 叔父様は綺鼠の名前を汚す者として変化ができない私を嫌っている。 だから私の話など聞いてくれる訳がない。  どうしてそれが分からなかったのでしょう?  鬼の声を聞いたことで興奮してしまって、正常な判断ができていなかったのだ。 私はぐっと口を結んで、床に正座をして頭を付けた。 「差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」  私が土下座をしたことで気が済んだのか、叔父様は小さく笑った。 「朝食の支度が終われば広間に来なさい。昨夜寅から電報が届いた。結界が緩み始めているから近日中に結び直すそうだ」 「あ……。しょ、承知いたしました」 「一応お前は兄の忘形見だからな。形式だけは守ってやろう」  頭を下げたままの私の横を叔父様が通り過ぎる。 その足音を聞きながら、私はあかぎれのある自分の手をぎゅっと握った。  綺鼠家の当主だったお父様は数年前に病で亡くなった。 私は女だから後は継げなかったけれど、これでも本家の血筋を持つ者。 だから、結界を気にかけるのは悪いことじゃないはずです。 悪いことじゃ……。 「大丈夫か?」  床を見つめながらしばらく考えていたら、突然声が聞こえた。 目の前にさっきの黒髪の青年がしゃがみ込んで私をじっと見ている。
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