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そういえばこの青年、成獣の姿をしている。
という事は干支の一員なのだろうけど、こんなに綺麗な人はいたでしょうか……?
「え、えっと。大丈夫です」
私はたどたどしくそれだけ答えた。
「それは?」
「へ?」
「手首のところ」
青年が自分の着物をまくって、「ここ」と手を見せた。
たぶん、言いたいのは私の両手首についているアザのことだ。
これはこの前叔父様の着物を用意した時に、色が気に入らないと言われて縄で縛られ蔵に閉じ込められた時にできたもの。
見ず知らずの客人に見られたことが恥ずかしくなって、私は袖でそれを隠した。
「こ、これも大丈夫です」
「そ」
青年は自分のひざに頬杖をついてにこっと笑った。
色気があると思ったけれど笑うと少年のようで愛嬌がある。
ではこれで。
そう言って立ち去りたいけれど、青年は何か意味ありげな様子で私の前から動かなかった。
しかもかなりの上機嫌だ。
対面したまま沈黙が流れて、先に辛抱できなくなったのは私の方だった。
「あ、あの……。どうかされましたか?」
「その可哀想な感じもまぁ、そそるっちゃあそそるなと思って」
「????」
何を言っているのか全然分からなくて私は首を傾げた。
……いえ、こんなことをしている場合じゃないのでした。
立ち去りましょう。
そう思って立ち上がろうとした瞬間、青年が私に手を伸ばす。
「でも、俺が好きなのはやっぱりそれじゃないんだよな」
と言って、私の髪からかんざしを引き抜いた。
不意打ちすぎて避ける暇もなく、私のくるみ色の髪が肩に落ちる。
青年は自分の懐から何かの箱を取り出し蓋を開けた。
ーー桜のかんざしだ。
宝石も何も付いていないけれど、絹で作られた上品なもの。
青年はそれを私の耳の後ろに挿すと納得したように頷いた。
「あー、やっぱり。この方が姫らしいな」
「え? あ、あの、これ?」
青年は立ち上がる。
踵を返して数歩。
無視されたかと思ったけれど、突然私を振り返った。
「やる。いつかお前にやろうと思ってたものだから」
それだけ言って、青年はふふっと妖艶に笑うとどこかへ行ってしまった。
一体、どういうことでしょう……?
と私は青年が消え去った廊下の曲がり角を見つめる。
ぼんやりしているうちに、屋敷の鐘がゴーンと音を立てて響いた。
いけない、早く台所に行かないと!
あっ、でもかんざしが汚れちゃいますよね……。
そうだ、一度部屋に戻ってから朝の支度に向かいましょう。
私は自分の髪をまとめながら廊下を急いだ。
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