鼠族の女

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 暫く睨み合っていて、とうとう折れたのは右京の方だった。 やれやれと頭を垂れている。 「あー〜〜、分かった、分かったよ。牢屋に入れられるのだけは勘弁だ」 「ではこちらに念書を」  私はすかさず置きっぱなしにされていた念書用の紙と筆を右京に渡した。 右京はそれをひったくるとじとっとした目で私を見下ろす。 「こりゃ随分肝の据わった女だな」 「なんとでも言ってください」  それから、右京は約束通り薬草を無償で渡してくれたので私たちはすぐに屋敷へ戻った。 薬草を紅さんに飲ませるまでは気を抜けない。 屋敷に着いたころには、真っ暗だった空が白ずんできていた。 そろそろ夜明けだ。 「あっすず様ーー! 秋都様も大吉も来た!」  庭で待ち構えていたトモさんが一目散に駆け寄ってくる。 周りを見ると、大勢の猫塚の人達が集まっていた。 朝だというのにみんな起きて待っていたらしい。 「薬草を手に入れました!」  私がそう叫びながら人力車から降りると、周囲は「おおっ」とどよめく。 「紅さんの容態は!?」 「意識は戻りましたが朦朧としている状態です」  絹江さんは深刻な顔で答えた。 「やはり病毒が体を蝕んでいるのだと思います。すぐに薬草を煎じます!」 「私も手伝うわ!」  台所へ走っていく私の後ろをハチさんがついてきてくれて、手分けをして薬草の下処理をし湯につける。 そうして完成した煎じ薬をすぐに紅さんの元へ運んだ。 紅さんは絹江さんが言っていた通り朦朧とした状態で、私たちはなんとか薬を飲ませた。 「良かった……。薬が効いてきたようです」  私はよく眠っている紅さんを見て、へなへなと畳にうずくまる。 ずっと気を張っていたから一気に疲れが押し寄せたようだ。  おそらく病毒の進行は抑えられたはずです。 あとは回復を待つだけ……。 「ちょっと、大丈夫?」  ハチさんは焦ったように私の体をゆさぶるっている。 「大丈夫ですけどもう動けません……」 「すず様、こんなところで寝たらすず様も風邪ひいちゃうよ?」  心配して様子を見に来ていたトモさんはポンポンと可愛いお手手で私を叩いた。 それが妙に心地よくて、逆に私は眠りへといざなわれる。 「あらあら、誰か秋都様を呼んできて。お部屋に運んであげましょう」  遠い意識の中で、絹江さんがそう言った気がした。  そういえば、秋都様とは遊郭を出た時から話していない。 ずっと何かを考えているようだったから、なんだか私も声をかけにくくて。  やっぱり私に怒っているのでしょうか。 「……すず」  誰かの温かい手が背に触れる。 けれど返事をする前に、私の意識は白くぼやけていった。
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