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そうして出来上がった料理は、うなぎの蒲焼きにヤマメの塩焼き、茶碗蒸し、野菜の蒸物やお浸しなど。
あとはおこわや巻き寿司、お吸い物、甘味として栗の甘露煮や果物が並んでいる。
とても美味しそうにできました!
とは言え私は「何があっても絶対に味付けをするな」と口を酸っぱくして言われているので下拵えと盛り付けしかしていませんが。
それでも頑張りました!
「いけない、時間がかかりすぎちゃったわね。さ、早く広間にお運びして!」
美和さんが発破をかけるように言って、私は慌ててお膳を持ち上げた。
けれど、茶色いモフモフした手が伸びてきて私の持っているお膳をパッと取り上げる。
「アンタはここまででいいわ。朝食に呼ばれてるんでしょ?」
「あっ。は、はい」
「鈍臭いから一応教えてあげるけど着替えて行きなさいよ? そのみすぼらしい姿じゃお客様に失礼だから」
「は、はいっ。ありがとうございます」
私は美和さんに頭を下げて台所を後にした。
わ。嬉しい。
いつもと違う着物を着ることが許されるなんて。
「そういえば」
私は着物のたもとをさぐった。
お客様にもらった桜のかんざし。
せっかくだから付けていこう。
綺麗な着物はあまり持っていないけれど、昔桜祭りに合わせてお父様が仕立ててくれた特別なものがある。
うん、かんざしとも良く似合う気がする。
「ふふ」
自然と笑みが溢れてきて、私は自室に向かって急いだ。
けれど部屋に着いた時、私の高揚感は一気に絶望に変わったのだった。
「き、着物がない……?」
部屋の隅にある小さな箪笥はもぬけの殻。
お父様が倒れた時少しでも足しになればと私の持ち物はほとんど売ってしまって、残っているのはお母様の形見の宝石やお父様が特別に仕立ててくれた着物だけだった。
それを毎日眺めては大切にしまっておいたのに。
……あ。
そういえば今朝常子さんが私の部屋の前に居た。
もしかして叔父様に言われてどこかへ持ち出したのでしょうか?
そこまで考えて、私は思考を散らすように首を振る。
証拠もないのに人を疑うのは良くないことだ。
とにかく今はこの姿でも広間に行かなくちゃ。
大丈夫、粗末な着物が気にならないくらい堂々とすれば良い。
お父様もお母様もどこに行っても恥ずかしくない礼儀作法を私に教えてくれたのだから。
私は嫌な事は考えないように強い足取りで部屋を出る。
広間の襖の前では、子の一族らしい銀色の髪をした青年が一人私を待ち構えていた。
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