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「今のは悪かった。ただ俺は、すずに笑ってほしくて……あー〜、くそ。なんでもない」
無意識なのか、秋都様の私を掴む手にはぎゅっと力が入っていた。
「それは……分かっています……。秋都様は私のためを思ってしてくれたのだと。それなのに、私の方こそごめんなさい……」
私は何故逃げ出そうとしてしまったのだろう。
そう反省して、私も素直に謝罪を述べる。
けれど気まずい空気が流れて私たちはしばし無言になった。
「……仕事、してくる」
「は、はい。いってらっしゃいませ」
結局、ぎこちなく秋都様の方から先に部屋を出て行った。
それから次に秋都様に会ったのは夜遅くになってからだ。
「すず、少し良いか?」
と、部屋で休んでいる私に声をかけて秋都様は襖を開けた。
私はハチさんが貸してくれた本を閉じて秋都様に向き合う。
もうお風呂にも入ったのか秋都様は黒い浴衣を着ていた。
「明日なんだが、一緒に鬼門の祭事を見に行かないか?」
「え? 鬼門へですか?」
「ああ。紅には伝えてあるし俺も仕事の都合をつけた」
鬼門の結界を結び直す祭事はそう何度も行われることではないから、都は見物人で溢れる。
人々はそれを見て干支への信仰心を高めるのだ。
てっきり秋都様はあまり興味がないと思っていたので、私はきょとんとして見つめてしまった。
それをどう捉えたのか秋都様は少し困った顔をする。
「鬼門のことはすずも気にかけていると思ったんだが、違ったか?」
「あ……いえ。行きたいです」
もしかして、秋都様は私のために誘ってくださったのでしょうか?
「あの、ありがとうございます」
照れながらそう答えると秋都様は少しほっとしたような顔をした。
「俺は仕事を済ませてから向かうから、正午に鬼門のそばで待ち合わせよう」
「分かりました」
秋都様は少し微笑むと自分の部屋に戻って行った。
閉じられた襖をぼんやりと眺めながら私は思案する。
昼間は言い争いのようなことをしてしまったのに、秋都様の方から歩み寄ってくださった……。
桔梗の花のことだって元々は私の希望を叶えるためなのだ。
私も、秋都様のために何かがしたい。
秋都様が心から喜ぶようなこと。
私にしかできないことを。
ーーもう時間もだいぶ遅い。
私は部屋の明かりを消して布団へ入り、暗闇を見つめながらずっとそのことを考えていた。
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