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面影
母さんは、僕を置いて出て行った。
「その目がそっくり」
母の口癖。その目を見ると思い出すと言って、僕の顔を見る事はなかった。
いつも、すれ違い。
「遅くなるから、食べてていいよ」
水商売の母親は、お金を置いて行った。いつも、一人で、僕は食べるんだね。
そんなに、僕の顔を見るのが嫌なの?
一度、聞いてみた。
「一度は、好きになった人なんでしょ?」
「お前のそういう所が嫌い」
ある日、母は、本当に帰って来なくなった。僕は、母親の別れた夫に、託された。
「よくきたな」
父親は、僕を喜んで迎えてくれた。
「逢いたかった。」
逢いたがる父親に僕を逢わせることはしなかったのは、なぜ?
僕を嫌っていたんじゃなかったの?
「お前を盗られると思っていたんだよ」
父親は、笑う。
「少し、歪んでいるんだ。あの人は」
母親は、別れた夫に、僕を取られると怯えていたそう。そんなふうに見えなか
かったよ。
「逢いたい」
無性に母に逢いたくなった。僕を置いて出て行った母親に。
「困ったな」
父親は、困っていた。
「言わない約束だったんだ」
母親は、田舎の病院にいた。末期癌だそうな。告知を受けて、慌てて、別れた
父親に連絡してきたそうだ。
「そっくりだな」
父親は、笑った。
「似ているのよ」
病床の母親が、泣きそうな顔で言った。
「私の目に似ているの。同じ事をしないか、怖くて」
父親は、僕と母親の顔を交互に見つめていた。
「母さんみたいな女性には、ならないよな」
僕は、頷いた。まだ、16歳。少女と言われる年に、逢いたかったのは、父と
母だった。
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