二人のハスラー

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 およそ(はかりごと)を企む者の顔には下劣な品性が浮かぶものだと、私は思う。  無論、帝都警察本部捜査一課の警部として安易な決めつけや思い込みはよくないと重々承知をしているものではあるけれどもね。  が、しかし。 「さ、では始めましょうか」  眼の前で目尻を下げる五分刈り男の顔つきに善性を見出すのは砂丘で金一粒を探すようなものだろう。……弁護士でなければ歯牙にもかけたくない相手なのだけれど。 「ルールを再確認しておきましょう」    狐村(こむら)と名乗るその弁護士の隣に不釣り合いな。いや、ある意味で『よくお似合いな』チョビ髭男がにやにやと薄ら笑いを浮かべながらキューのシャフトをタオルで拭いている。 「彼は今回のプール・プレイヤー(ビリヤードの突手)を務める神月(かみつき)君だ。彼にはがあってね。ブレイクショット一撃で全てのボールをポケットに落とせるんだ。一種の神業だね」  ちらりと横を窺うと、私の部下である十六夜(いざよい)警部補がトレンチコートのポケットに両手を突っ込んだまま仏頂面で立っていた。 「そして、そこにいる君の部下である十六夜君とやらには瞬間記憶能力があるそうだね? そうだな、殿」 「……その通りです。過去にも裁判で証拠として採用された事実があります」  いちいち私の役職に『殿』を付けるあたり、馬鹿にしていることがありありと分かる。まったく、ヤな野郎だな。有力国会議員との繋がりがなければ適当にあしらってやりたいところなのに。 「だがはただの偶然。証拠能力としての価値は低いと私は考えている」  狐村がくいっと顎をあげた。地下だからなのか低い天井に薄明かりが如何にもなプールバーの雰囲気。  あれは一昨日だった。某国会議員が収賄(ポケットマネー)の容疑で帝都地検特捜部に事情聴取されたのだ。  そしてその『話し合い』が行われたと疑われる夜、たまたま近くを歩いていた十六夜が『料亭から車で出ていく議員を目撃していた』と判明。その傍らには贈賄相手と見られる男が見送りに出ていたと十六夜は証言している。  この『目撃』が信用に足るかどうか。この狐村という、政党お抱え弁護士は立件前にそこを潰そうという戦略なのだろう。 「簡単な話だ」  狐村が片頬を上げる。 「神月君が放ったブレイクショットの結果、何処のポケットにどのナンバーの玉が落ちたのか。君の主張する瞬間記憶能力とやらが本当ならば、それを完璧に当てて見せ給え」  傲慢に指差した(プール)の中央にはすでに9個のカラフルなボールが整然と並んでいた。 「結果の確認はこれで行う」  各ポケットの真上には小型カメラが至近距離から見下ろすようにセットされている。不正防止のため、メモリーカードは私が全て初期化した。 「いくらスピディーとはいえ9だ。できるだろう? 君に瞬間記憶能力とやらがあれば」 「……ご託が長げぇんだよ」  十六夜がやっと口を開いた。 「さっさと始めな。俺には何の問題もない」
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