二人のハスラー

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 あれは4時間ほど前のことだった。  私のもとに受付カウンターからご指名で面会要請がきたのだ。「例の贈収賄疑惑の件で用事がある」と。  相手が語った名前に顔をしかめる。 「あー……そいつか」  聞き覚えがある名前。某政党の案件になると必ず出てくる『面倒なやつ』だ。勝ち目のない案件にあーだ、こーだと難癖をつけて事件の全体像や本質から目を背けさせて不毛な議論へ持ち込むことで裁判を無駄に長引かせる、ある意味でプロフェッショナルな仕事をする弁護士だ。 「……例の件で目撃証言をしている十六夜主任その上司を出せと言ってます」  受付も明らかに嫌そうだ。 「わかった。事情聴取室の2号室へ案内して。十六夜さんを連れてそっちへ行くから」  ぶっきら棒に内線を切ってから十六夜を呼び出して、その2号室へと入る。 「やぁやぁ、お初にお目にかかります。あなたが『かの有名な』十六夜さんですか。殺人事件解決のプロで、多くの難事件を手掛けられたと聞きますが」  にやにやと嗤うそののっぺりとした面構えは最初から気に食わなかった。つーか、十六夜に用事があるんなら、私は無関係だろーに。そもそも政治案件は捜査一課の範疇じゃないんだぞ。 「弁護士だか何だか知らんが、俺の目撃証言にイチャモンつけに来たのか?」  ウザそうな十六夜は完全に『喧嘩買います』モードだし。関係なければ帰ろうかな、私。 「イチャモン? いやいやとんでもない。私はただ『確かめたい』だけなんですよ。何しろあなたは目撃者とはいえ刑事なんだ。検察側とツルんでいないという保証はない」 「残念だな」十六夜がぐっと首を前に突き出す。 「検察のヤツらとは、そんなに仲がいい訳じゃねぇ。ただ、俺は自分の見たものをそのまま『見た』と答えただけだ。別に何の忖度もしてねぇさ」 「人の記憶なんて、そこまで精度がいいとは思えませんがね」  ふふんと、狐村が顎をしゃくりやがった。煽りだと分かっていても黙ってられるかってんだ。 「うちの十六夜を一般人と一緒にしないでくれませんか?」  思わず口を出してしまった。 「何故、検察が十六夜の証言を重要だと位置づけたか分かりますか? 彼の証言内容が詳細で、かつ、それが何の齟齬もなく整合したからです」  そう。この十六夜という男にはそういう瞬間記憶能力があるのだ。 「何ならその夜に当の議員がどんな服装をしていて、どんな靴を履いてて、店の門から車に乗るまで何歩だったのかまで全部言える、そういう人なんです」  その力で過去に難事件をいくつも解決している。私はそれを嫌というほど見てきた。  が、しかし。 「だが私は『そんなもの』を信用していない。そこで、是非ともその能力を実地で試してみせて欲しいんだ。それで私が『なるほど』と納得できたら引き下がろう。だが、『これはだめだ』となれば」  にやりと嘲笑いやがる。 「う……!」  その場合は裁判で苦戦を強いられる。そうなれば特捜部も政治的影響力を考えて立件を躊躇するかも知れない。  ……どうする? だが。 「構わんよ。お互い納得のいくようにすればいい」  十六夜に迷いはなかった。
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