つかの間の休息

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つかの間の休息

 ◇◇◇  現在、都内M市の宿泊先にて。  ここは公共温泉が設置されている商業施設。彼が都内へ仕事に訪れた時によく利用している勇逸の場所である。  県外から足を運んだ者にとっては、都内は未知の世界であり不慣れな場所だ。その為、一日の疲労感は通常の倍で、〈癒し〉への渇望感も比例するように増加してしまう。  この商業施設は、都内と隣県の間にあり交通には便利だが駅から離れた場所にある。送迎バスは二時間に一本という不便さがあるのが難点の一部だ。隣県にもこの温泉施設はある。  そこは駅から徒歩十分以内に設置されていて、公共機関である電車の本数も五分に一本という快適さが売りだ。しかも、都内から東海道線で行けば、三十分で行ける距離。  それだったら、隣県の施設にすれば良いではないかと思う人もいるだろう……。  そこも、宇宙にとってこだわりがあるのだ。  先程も言ったが、彼にとって〈癒し〉が欲しいのだ。特に県外から来た者にとっては。  しかも、平日は宿泊者が少ない為か案件の手紙を拝読した後、直ぐにシングル部屋を予約を入れる事ができた。   「うーーん、気持ち良いなぁ〜! やっぱり、都内に来たら宿泊はココだね。本当に癒されるし、地元では味わえないからね〜〜。ここの〈水素風呂〉は」  只今、二十二時五十分。  誰も居ない、温泉内で独り言をつい漏らす。身体を洗い清めた後は、まず水素風呂に入る。  これは、彼の目的の一つ。  人肌より少々高めの温度である水素風呂に足のつま先を入れ、徐々に深く入れる。その間に肌に吸い付くように、しゅわしゅわ、パチパチッ……、と控えめな音をたてながら絡みついてくる微粒子の水素泡。  皮膚から伝わってくるこの感覚が、なんとも言えない解放感と楽しさを味あわせる。  そして、肩より少し低めまで入れ無意識に深い溜息が出てしまう。 「……やっぱり、取材の後と案件話の後はこれが限るよ。本日もお疲れ様でした、僕」  気持ち良さに、思わず独り言を漏らす。これは誰も居ない状況だからできる事だ。  だが、ここからが本題である。  今だにシゴトの処理するあたって【共通点】が見つかっていない現実。  (うーん、どうしたものか……。まずは、状況整理しないとな) 掌を組んで、腕を天井に向けて引っ張るように背筋を伸ばす。そして静かに目を閉じ、元に戻した。首から下全体を湯に浸かり、宇宙は生きている実感を噛み締める。  先程の今回のシゴト材料を思い出そうと、奥底に保管した記憶の一部を掘り返す。  (今回の派遣場所は……、この日本と別である平行線世界〈空無の間〉かぁ。 そんな、世界があるなんてなぁ……、知らなかったよ。さて……)    ⚪︎派遣された三名は、〈この日本〉の各地で死体として発見された。  ⚪︎三名の死体は、〈衰弱死〉。  ⚪︎穏やかな笑顔のままで発見された。  ⚪︎そして各自握りしめていた、乱雑な文字で記載執筆されたダイイング•メッセージ。  ー 天国 ◼️吸う 図書館の◼️◼️   涙 ー   の内容で記載されていた。 (……この肝心な所が、滲んで読めなくなっている文字)  〈天国 ◼️吸う〉、何を吸うんだ……?状況の話から考えて……栄養を吸うのか?それとも、血なのか??  いや!それだと、穏やかな笑顔のままでは死な無いな。苦痛の表情にならなければ、おかしい……。  そして、〈図書館の◼️◼️ 涙〉。  図書館内にある備品なのか?それとも、〈司書〉?? もし、〈司書〉だったら【涙】はどういう意味だ? いや!ちょっと待てよ……、室内の隠された扉の鍵というパターンかもしれない……! …… ………… ……………… (コレだけじゃ、策が練られないなぁ……。それだったら……)  掌を水面に置き、中指の腹で上下に数回叩く。無意識に出た彼の癖。  宇宙は、考え事をしている時にいつも出る行動。コレをする事で不思議と絡まった糸が解けるように思考が纏まる。  そんな中、指の腹で叩いている最中に湯に波紋が生まれた。叩いた箇所からそれが内側から外側へゆっくりと広がっていくのを、ーじっ……、と見つめる。  ふと、を思い出す。   「……そういえば、〈アノやり方〉があったな!三年前の事だったから、スッカリ忘れていたよ。 ここまできたら、……!! もうさ、こんなにも材料が無さすぎるんだもんなぁ〜〜。そうと決まれば会社へを支給して貰わなくちゃ!!」  その言葉と同時に、湯船から上がる。さっそく、もっと堪能したかったお気に入りの水素風呂の入浴を中断し身支度をする。その後、宿泊部屋に戻って携帯電話から連絡しようと急いで戻った。  部屋のドアノブを捻り開けると、直ぐに入室する。入って左側にお手洗いを通り越し、更に奥へ進むと宇宙は就寝するベッドがある。  簡易的なビジネスホテルの室内だが、細々とした所まで清掃が行き届いているから、この施設を選んだ一つもある。  清潔感のある部屋の中に、不釣り合いなモノがポツン……、と一つ置いてある。  それは、黒い紙の袋だった。  A5サイズの本数冊入りそうな手提げの袋を視界に入った彼は、不思議に思いつつも警戒しながら中身を覗いてみた。袋の中に入っている三点の〈モノ〉を、ゆっくりと取り出し確認する。  ーー時が止まった瞬間だった。  無意識に瞳孔が開き、言葉を失ってしまう。 そしてクツクツと喉の奥が鳴り、三秒後大声で笑い出す彼。 「ふふふッ……あはははははは!いやー、本当に凄いなぁ………」 ーーあの〈公主〉は。 「さて……欲しいモノは手に入った」  部屋に置いてある電話の受話器を手に取り、〈015〉の番号を指で押下しをする。 「はい、お待たせいたしました。フロントでございます」  受話器の向こう側から聴こえる女性のスタッフの声。  その落ち着いた声色と深夜の時間帯の為か客の声などの騒音が、聞こえない状況からしてみて繁忙時間帯のピークが過ぎたんだろうと察する宇宙。   「あ!すみませーん、遅くに。宿泊日の延長をお願いしまーす」 「……少々お待ちくださいませ。あ、はい。何日延長致しますか?」 「そうですね〜。できたら、〈一週間〉でお願いしたいです」 「……ッ!一週間ですね、お調べ致します。あ、はい!大丈夫でございます」 「それじゃ、お願いしまーす!あ、最終日に領収書もお願いしますね」  この言葉を最後に受話器を静かに置き、にんまりと口元に弧を描く彼。再び、「ふふふッ……」と小さく笑うと、一人しかいない部屋の中で木霊し響く。第三者から見れば不気味以外何もない。後、ベッドへダイブする。  勢いよく倒した身体が深く、深く、沈み宇宙を包み込む。 「……さぁ、明日から〈共通点探し〉の開始だ。こういう時こそ、僕だけしかできない事だからね。 だから、指名されたんだろうね。きっと」  その言葉を最後に、部屋の明かりがふっ……、と消えた。  AM 零時十八分。  神龍時 宇宙 本日の業務終了なり ー      
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