つかの間の休息

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 ◇◇◇  ━━トゥルルルルルル……!トゥルルルル……トゥルッッ!!   「……はぁい。もしもし」 「おはようございます、神龍時さま。フロントでございます。 ご予約の八時になりましたのでご連絡させて頂きました」 「……あ、おはよぉーございま……ふ。モーニングコール、ありがとうござい……ました」  午前八時三十分、窓はカーテンで閉められている個室にて。カーテンの間から薄らと朝の日差しが、天使の梯子のように暖かく足元辺りの掛け布団に一筋差す。  真っ白な布団に差す光は、煌めいておりその部分だけ暖かく感じる。  そんな中、けたゝましく鳴り響くコール音。宇宙は寝ぼけ眼のままベッドの隣から聞こえるコール音からする電話の受話器を取ると、女性のフロントスタッフからだった。  内容を聞いて、(そういえばモーニングコールを頼んでいたんだったなぁ……)とぼんやりと思い出し、適当に返答をし会話を終了させる。  朝に弱い彼。受話器を置いた後、すぐに枕に頭を沈める。低反発性が入っている為かゆっくりと沈んでいく心地良さに、再度夢の世界への扉が開かれようとしたその時。   「あ!……今日から、〈共通点探し〉を三件分しなきゃいけなかったんだ」  思い出した今、夢の世界への扉は直ぐに施錠された。  のっそりと起き上がりベッドから降り、所々寝癖が目立つ状態で洗面所へ向かう。その後、身支度を完成させた宇宙はルームキーをと朝食券を持ち部屋を出た。 ◇◇◇ 「わぁー!コレ美味しそう〜!!」 「見てみて!今季限定の卵を使用したスクランブルエッグだってッ!!」  ただいま、AM九時。五階の食堂にて。  平日にも関わらず、賑やかになっている朝食ブュッフェエリア。  エリアの入り口受付場で先程持ってきた食券を渡すと、受付スタッフは朝の挨拶をした後受け取り、「ごゆっくり、どうぞ」と柔らかな笑顔で伝えた。  いざ、足を進め右側を見ると食事席がざっと見三十席ほどの二人用のテーブル席。その中で、グループ三組がテーブルをくっ付けて食事しながら談笑していた。  よく見ると、自分と年が近い者がビールを飲んでいる。大学生だろうと察した。しかも、平日の午前中にだ。 (あ!ーー春休み中かぁ)  なんて平和的な光景なんだ、と観察するような視線で見送った後、左側に設置されているブュッフェコーナーへ足を進めた。  入り口入ってから時計回りで食事を皿に盛っていく形式。  入り口からサラダ。温泉卵、金平牛蒡などがそれぞれ盛り付けされている小鉢。メインのおかずであるウインナー、ハッシュドポテトなどの洋食に肉じゃが、焼き鯖などの和食とエビチリ。ご飯系は三種類ある。クロワッサン、シナモンロールなどのパンに、雑穀米、白米。そして、胃に優しいお粥。 「こういう温泉施設だと、健康的な食事を用意してくれるから助かるんだよなぁ! 健康の秘訣って、運動もそうだけど。まずは〈食事〉だからね〜」  今は誰もいないエリア内で嬉々としながら、小さく呟く彼。自然と表情が柔らかくなる。  シゴトで来ているとは言え、【何事も楽しまないのは人生の損】だと宇宙用の心の辞書に記載されている。  なので、ここでは自分の好きな品物を片っ端から少しずつ盛って楽しんでいた。 「ここでしか味わえない食事って、普段頑張っている自分にご褒美だからね〜☆さて……」  ここで、宇宙の空気が変わった。  その目つきは、獲物を狩る捕食者の鋭さだ。普段、人たらしの垂れ目は細くなり瞳孔が開く。進行方向を変え、ある場所へ向かった。  近づけば、近づくほど、一つの人だかりが出来上がっていた。  彼は待っていた、ーーこの時を。ここに来てどうしても手に入れたかったモノ。  調理場から出てきたスタッフが湯気が出ている大皿を持ってこちらへ向かってきている今。周りの宿泊客達も合わせて一斉に見た。  目的は、皆同じ。緊張が走る。 「━━ッただいま!今季限定の静岡産、けいこちゃん()の卵を使用した、〈スクランブルエッグ〉をお持ち致しました!! 今出ているスクランブルエッグが最後になりまーーす!!できたて、熱々でございますのでお早めにお召し上がりくださいませぇーー!!」  マスク越しでの言葉の後、落とさぬように丁寧に大皿を置く。  そのスクランブルエッグの黄身の色は黄色では無かった。濃厚。夕日の色に近い色。日の入りする太陽のような濃厚なオレンジ色。  コレは、栄養満点さが伺える。しかも、バターが入っている為か艶のあるコーティングと香りが鼻を擽り食欲が増す。胃液がじんわり、と洪水のように湧き出るのを奥で感じながら。 ーー争奪戦になった今。  我が先と言わんばかりに足早に、大皿と一緒に備えつけられている〈掬う用の大きなスプーン〉を取ろうとしていた。  その集団の様子を最後尾より少し離れた場所から見ていた彼は、口元をクスリ、と小さく微笑む。  そして、自分の周りに誰もいない事を確認後、聞こえないように、か細い声で呟く。 「……さぁ。僕の為に頼むよ」 ━━〈時獄の嬢(タイム•キーパー)〉……!  そう呟いた刹那、彼の右後ろから半透明な【ナニカ】が出現する。  【ナニカ】……。黒の長袖のクラシカルフレアワンピースを着た女性が現れた。  その半透明は、全身細身に西洋の黒帽子を被っていた。顔上半分、人間でいう両目辺りに片手くらいの大きさの懐中時計が埋め込まれている女性の形をした異形と言うべきか。  出現した途端、この空間内の空気がぐにゃり、と揺れた。 …… ………… ……………… 「━━━本日のスクランブルエッグは終了致しましたー!!ご好評、ありがとうございましたぁ!!」  女性スタッフの声掛けにて。先程まで熱気のあった集団は、引き潮のようにサァー、と消えていく。 「ちぇッ……食べたかったな」 「私もだよ〜〜。やっぱり前列の人達に全部取られちゃったね。五分で品切れになっちゃうとは、やっぱ数量限定の勢いは凄いね〜……」 「まぁ、最後尾が食べれないって分かっていたけどさ。とりあえず、他の物を持って食事を再開するか!」  一方、宇宙は満面の笑みだった。  彼の皿に、先程のスクランブルエッグがのっている事を誰にも気づかれずのまま。 「……やっぱり便利だなぁ〜。〈時間規制操作〉(僕の能力の一部)は。 デザートは、後で取りに行けば良いか!それより熱い内に食ーべよ☆」  そう呟きながら、宇宙は優雅に食事席へ向かった。
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