シゴト開始準備。

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シゴト開始準備。

 ◇◇◇  僕は、上機嫌だった。ーー何故かって?  さっき、今季限定のけいこちゃんの家の卵を使用したスクランブルエッグを手に入れて食べる事ができたからだよ。あの料理は、なかなか手に入りにくい品物だからね〜。  去年は、流行性ウイルスによって食せなかった代物。あの濃厚でクリーミーな舌触り。夕日のような濃いオレンジ色のスクランブルエッグを舌の上で転がすと、スゥ……、と溶け込む滑らかさと同時にスーパーで売っている卵の味わいが濃い。だけど、生臭さは無く後味が残らないフレッシュな味わい。  正直な話し、アレが卵本来の味だと思う。  前回、やっと食べられたのは家族旅行の時かな。あの時は、海里兄さんと嵐が取り合いの喧嘩している最中に最後の残りを食べられたんだよね〜。最後の残量は、約二口分くらいしか残って無かった。  その後、〈くもり〉が欲しがっていたから仕方ないからあげたよ。  妹の風羅より頭一つ分背の低い、ピンクよりの茶髪を二つ縛りにしたゆるふわ女子、見た目は。僕達六つ子の五番目にあたるな現代で言う、男の娘な弟である〈神龍時 くもり〉。  それを利用してなのか。上目遣いで瞳を潤みながら華奢な指で僕の服の袖を引っ張ってきたのだ。しかも、断れないように周りにお客がいる中で。  あまりの強かさに仕方なく、仕方なく、施してやった。スプーン小さじ一杯分の半分くらい。なのに……、潤んでいた瞳が、急に死んだ魚のような生気の無い瞳に変わった。 「宇宙兄ちゃんってさ……、ケチの極みだよね」 と文句を言ってくる始末だ。アイツ、本来は〈⚪︎⚪︎⚪︎〉なのに失礼な奴だ、と心底思ったよ。  とまぁ……そんな理由だから、今回の入手のやり方は大目に見てやってよ☆  話を戻すけど……。  朝食を食べ終わった後の僕は、現在宿泊部屋にいる。燦々と降り注ぐ太陽の光はベッドを通り越し玄関付近の手洗い場の近くまで伸びている。触ると暖かく。しかも食事後の満腹感とのダブルパンチで、心地よい眠気が緩やかに襲ってくる。  そんな自分に喝を入れるように両手で自身の頬を叩くと、景気の良い乾いた音が響く。痛覚で無理矢理、惰眠の世界へ落ちかけている脳みそを叩き起こした。 「今日から三人分を。気合いを入れなきゃ」 ━━さぁ、シゴト開始だッ!!  公主から、いつの間にか届けられていた手提げの袋から中身を三点取り出そうと指の腹をそっ、と添え撫でる。  すると、きゅっ、と無機質で乾いた音が小さく悲鳴をあげる。  違和感を感じた僕は、直ぐに袋の開け口を広げた。 「あれ?昨日には無かったのになぁ……〈プチプチ緩衝材〉。 それだったら送ってきた時に、この状態にしてて欲しかったよ……。そうすれば昨日の内に処理してたのにさー!梱包材って剥がすのに時間がかかったりするんだよね。まったく!嫌になるよ」  コレらを取り出しテーブルへ置いた後。  慎重に、慎重に、梱包材を剥がした。それを三品物。少しでも、欠けたり壊れたら〈観る〉事ができなくなる。  これから始める僕の能力も、一長一短と言うべきかな。この世には完全無欠なモノは無いから仕方ない。  だからこそ、楽しいのだ、━━〈人生〉というゲームは。 「やっと……、剥がせたよ〜!さぁ、やっとのお出ましだ、〈殉職者達の【遺品】〉。そして、これからコレをな」  目の前に置かれている、殉職した厄除師達の私物達。〈ノート〉、〈腕時計〉、〈御守り〉の三品。  それぞれの品物には、どこか哀愁を感じさせるような、生涯に対して、くたくた感があった。何というか、何年も使用していた主人との共存感という感じで。  一つ目、〈ノート〉。  これは僕が学生時代から使用した事のある百均のお店で見かける青いキャンパスノート。B5サイズA罫:罫幅7mm。今は色褪せて所々燻んだ水色や白色のカラー表紙になっている。  右側の角上下は重力に逆らって上向きに小さくへし曲がっている。  表紙カバーの下にある罫幅に〈野間馬 翔(のまま かける)〉と名前が書かれていた。名前からしてみて【馬の分家】だろうと僕は察した。 「あれ?馬の本家って四国ら辺じゃなかったかな?確か。あそこの本家当主って……。まぁ、いっか」  ふと出た独り言が、今誰もいない室内に空気が震え響き渡る。そう口にしながら、ノートの中身をパラパラッ、と軽く開き目を通す。 「……うーん〈日記〉だね、こりゃ。えーと、何々……」  相手の遺品の一つを持ちながら、僕は静かにベッドの端に座る。  能力を使う前に、ひと調べも大事なシゴトだから。できたら、今回は能力を使うのは避けたいと言うのが本音だ。  特に故人の記録を観ると言う作業は。  故人の記録を観るというのは、負担が大きいからだ。  生前者の記憶を観るのは、〈生きているという現在証命〉を観る事。  例えば、〈現代を生きている人間の記憶〉を、花だとする。  土に植えられた花に水を与えると、吸収し蕾から開花する。その土が和らげれば柔らかい程、吸収する速さは比例する。  つまり、僕の能力を注ぎこめば、相手の記憶回路の一部を刺激し奥深く浸透し、ダイブする事ができる。上手く融合し相手の記憶の扉を解除できたら、鮮明に観る事ができるのだ。しかも、相手が若いほど浸透する速さが高い事は実証済みだ。  一方、故人は違う。  〈記録〉という、歴史の一部になる。  歴史は刺激を与えても、うんともすんとも言わない。力加減によって最悪の場合、壊れてデータが消滅してしまう。  先程の話しでいくと、記録の場合は土ではなく〈コンクリート〉だ。  この場合、水を与えてもコンクリートが邪魔をして花の根まで浸透せず蕾から開花しない。  それは、そうだ。故人になったら歴史と化した塊だから。人間でいうと<棺桶>になるだろうね。クリアタイプの。  そうなると、その塊であるコンクリートを叩き壊さないと、相手の記録の中に潜り込むことができなくなる。━━━ということは、能力のコントロールが難しくなるのだ。  同時に僕自身の負担が大きくなり、次のシゴトの段階に影響が出る。  それだけは、絶ッッッッ対に避けたい。  報酬がゼロになるなんて!それだけじゃ無い。経費で落とせるモノができなくなるのだ。  このシゴトは、あくまで成功して経費で落とせる。現在進行形で加算されている宿泊費、食費などがだ。 「本当に、このシゴトは〈博打〉に等しいよ。まったく……」  一人ごちながら、溜息を吐く。すぐに思考を切り替え、僕は手元にある殉職者のノートの中身を頭の中に叩き込んだ。
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