シゴト開始準備。

2/2
前へ
/19ページ
次へ
◇◇◇ 「……まいったなぁ、これは」  ただいま、午前十一時三十五分。  彼の眼は、先ほどと違っていた。今は生気すら無いと言っても良いくらい、死んだ魚のような眼になっていたのだ。  そして、ベットの足元に座っていた宇宙は、大きく項垂れながら重力に沿って気だるげに背中を倒す。  彼の背中が、かけ布団の上辺に触れた拍子にゆっくりと沈んでいく。ぽふん、と控えめな音を立てながら背中全体に柔らかさに包まれ、次第に無重力感を感じながら仰向け状態になった。   宇宙の視点が真っ白な天井が一面と、真ん中に控えめに発光している円状型の電灯が映し出される。  真っ白な色が、まるで今の自分ようだと皮肉にも思ってしまう程に。 「ノートに今回の殉職者たちの<共通点>があると思っていたんだけどなぁ……。世の中、そんな甘くないか……」  これは、絶望的にだ。  ノートを読んでも、幼馴染、当時は同じ学校に通っていたなどの三人の関係性が全くって言うほど無い。もし少しでも接点があれば、そこから調査ができる。  あと残っているのは二つ。 〈年期の入っているシンプルなこげ茶色の革バンド腕時計〉。こちらは衝撃を受けたのか文字盤を覆っているレンズに太く皹が入っている。  今はまだ稼働しているが、五時二十三分から時が進んだり戻ったりと繰り返している。  まるで、人生(未来)に進むのを拒否してる感じだなぁ、と宇宙は単調に思った。  最後は〈厄除師試験の合格証明となる御守り〉。  これは一般厄除師試験に合格した者だけが手に入る代物。見た目は神社で販売されている紐で口を閉じられた小さい袋型である。  違う点があるとしたら、<文字が記載されいない事>と<中身>だ。  普通御守りには、縁結び、健康長寿など刺繍されいる。特に厄除師というシゴトは、厄除けという言葉が相応しいくらいだ。  それなのに刺繡されていない。  そのことは一回で合格した宇宙が証明として、その場で公主から貰った時に気が付いた。気になったら調べないと気が済まない性格の彼。  そして無意識に質問してしまった、初対面の相手に。ここで、しまった!と思っても、後の祭りとはこのことだ。 「あぁ……、それはのぅ。うちは、この世に存在してはいけない裏稼業だからじゃよ」  見た目が同じ年か二、三歳年上な相手。嫌な顔をせずに、穏やかなアルト調より少し高めの声色で返答してくれた。そのことには、内心安堵する。  だが、この返答内容だとなんだか……しっくり、とこないのだ。  嘘はついていないだろうが、本音を言っていないと言うべきか。まるで狐に化かされたような、妙な気分が込みあがる。  いつもだったら更にツッコむ彼だが、この時はしなかった。 ━━いや、できなかったのだ。  うまく言えないが、相手から急に有無を言わせない圧を感じたのだ。  ここから先は<立ち入り禁止>、と公主の周りの空気が言っているようだったのだ。  近いのに遠くに感じる相手に、ここでこの話題は、何も無かったように今後の案件の紹介について話しをし、終了した。  この話しは、宇宙が十六歳の時の出来事である。 _________ 「確か……、その時に貰った御守りって白だったんだよね。しかも、<上>。今は違うけど」  数年前の自分を久々に懐かしく感じたのか、ワイシャツの左胸ポケットから現在の御守りを取り出す。  それは、先程独り言で呟いた色では無かった。  右人差し指と中指で、紐状を摘み自身の目線より若干高くし御守りを宙ぶらりんにする。行き場を無くしたかのようにクルクルと空しく回る、薄青色のソレ。  ついでに中身を出すと、黒い石。━━碁石だった。 「見た目は、何の変哲もないもない市販の碁石なんだけどね~。でも……、これをこうすると……」  呟きながら天井の設置されている電灯に光を浴びせるように近づかせる。すると、碁石の色が徐々に変わっていく。主に真ん中にだ。  それは、波紋のように怪しく揺らめきながら具現化されていく。 「それにしても、毎回思うけどこんな所に隠すなんて(ここまでするなんて)……やりすぎじゃないかな?」  それは、━━文字。<中>と浮かび上がった一つの文字だった。 「光の反射……。入射角と反射角の屈折を利用した具現化された文字か……。まぁ、理由があるから隠しているかだと思うけどさ」  あの狸じじいの事だ。何かあったからこそ、、と宇宙は悟った。ここで、ふと思った。 「当主見習いの海里兄さんが、薄紫色の袋に<中>の碁石。希少能力を持ったポンコツ嵐は、濃藍色の袋に<上>の碁石なんだよなぁ……。あの意味は?」  厄除師試験合格後に、貰った時は白色の御守りだった。それは、宇宙自身だけじゃなく、他の兄弟もそうだった。暫くしてから、バラバラに変わっていったのだ。それぞれの道を歩んで行くように。時間経つにつれて、ある答えが生まれた。 「……<階級>じゃないかな?コレ」  その答えを導き出した瞬間。肩の荷が下りたように、しっくりときたのだ。ここで更に何かに気づいた宇宙。思考内に浮かんだ<可能性>に、思わず目を見開く。  そして、何かに憑りつかれたのか。布団の上から直ぐに飛び上がるように勢いよく、仰向けに倒していた上半身を起き上がらせる。  その後、ある一点に手を伸ばした。  
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加