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ー 天国 ◼️吸う 図書館の◼️◼️ 涙 ー
宇宙の目の前に置かれた、所々泥つきのメモ用紙に書かれている文字達。
それは、全く理解できないものだった。
紙は見窄らしく、八割がくしゃくしゃな状態。共に水で濡らしたのか、記載されている文字の複数の一部がボヤけて分からなくなっている。
その文字も、慌ててボールペンで書いたのか、殴り書きで乱雑な形で残っている。
最後の【涙】の漢字が力尽きたかのように筆力が弱弱しくなっている。
状況からしてみて、何らかの事件に巻き込まれて、急いで痕跡を残したかったのだろう。
まるで、ーーダイイングメッセージみたいだな……
「そうだよ。コレはね……、三ヶ月前に派遣された者が先日帰って来て、握りしめていたものなんじゃよ」
またもや、彼の心の声を読み取った公主。ここまでくると日常の一部と化して、警戒心なんて二の次になってくる。今は、宇宙がなんとなく予想した事が当たった事に驚愕過ぎて、釣り餌に食いつくブラックバスのように興味が惹かれてしまった。
今回のシゴトに、重要な事の一つ。
あまりの重い内容に室内の空気が、凍りつく。だが、ここでふと疑問が湧く。
「その方は、大丈夫ですか?帰ってきたという事は……無事だから帰ってきたという……」
「残念ながら……、彼は亡くなったまま発見された」
これまた、予想外の返答。
公主の言葉が沈黙されている室内に反響し、空気を震わせる。宇宙は表情を変えぬまま。耳から入る情報に、息を殺すように静かに傾ける。
「……この用紙はね。三ヶ月前に派遣先へ送った、虎の分家の彼が握り締めていたものなんだ。発見先は、S県N市内の中学校付近の登山用の入り口。
発見された状態は、【痩せこけて】いたんだよ。
その二十代前半の彼は、殆ど骨と皮のみで傷もない綺麗な状態のままでね。念の為に精密検査で調べた所、異常は無しとの事なんだ。
原因は、〈衰弱死〉という結果で終了。
私にとって、君たち十二支は家族だからね……。彼の最後を看取りに直ぐ病院へ行ったら、不思議な事に彼の顔は、とても穏やかで笑顔のままだったんだ」
ーー まるで【幸福】を観たような表情、と言ったら良いだろうかのぅ……。
ここで、一息つくように手元にある紅茶を一口飲む公主。後、深い溜息を吐く。深い紺色の瞳がゆらり、と大きく揺れる。
そんな中、現場へ行く前に状況を把握しようと、集中していた宇宙。不可解な単語が耳に入り、心がザワついてしまう。
穏やかな笑顔のままの、【死】。
そして、ーー【幸福】を観たような表情。
(……厄除師は、命がけのシゴトだから仕方ない。死亡するケースは無いとは言い切れないもの。
ただ……、今回はパターンは現代では初めてだ。過去に事例あった記録は無かった筈……)
それにこの話で、今思い出した事がある。うなず
死の間近である老人は大抵、今までの人生を振り返る事が多い。自身の人生に満足をした状況の中、穏やかな顔で布団の上で老衰話しなら分かるし、納得する部分はある。
それなのに、亡くなった場所は中学校付近の登山入り口。
正直な話し、穏やかな表情で亡くなる場所では無い。そして、二十代の若者が〈骨と皮〉の状態で傷が無いというのも奇妙な話しだ。
「……まるで、御年配がこの世から旅立つ最期のようですね」
この状況の話しを聞いた、宇宙の率直な感想だった。あまりにも不可解すぎて、コレ以外言葉が見つからない。情報が足りなさ過ぎるからだ。
そんな彼の感想に、肯定するかのように小さく頷く雇い主。更に空気に溶け込むように言葉を続ける。
「あと。被害者は虎の分家の後に、他二名。
案件の事件場へ〈調べるだけ〉をお願いしたんだよ。これは彼らの身の安全を考えての末。だがこちらの考えが甘かったのか……。皆、最初の青年と同じ状態で亡くなって帰ってきたんだ。
私は、ーーとても残念で悔しい……!
……だが、この件では違っていた事が一つある。
発見された場所が、〈別々の場所〉という事なんだ。
一人は、K県Y市の海沿い。もう一人は、I県N市の厄除師本人の自宅敷地内の小さな蔵の前で発見された事。
亡くなった場所が、それぞれ違う場所なのかは不明のままなんだ」
ここで公主からの説明が止まる。同時に、彼の座っているソファーに置いてあるクリアファイルを広げ、中身を取り出す。宇宙の目の前にメモ用紙を静かに置いた。
「……〈 天国 ◼️喰べる 〉
もう一つは、〈◼️◼️◼️の◼️◼️ 涙〉
あの……コレは……?」
目の前に置かれた小汚い掌サイズの用紙を、思わず読み上げる。この二枚も殴り書きされていた。
「……〈 天国 ◼️喰べる 〉は、自宅の蔵前で亡くなった子。
もう一つの〈◼️◼️◼️の◼️◼️ 涙〉は、海沿いで亡くなった子。
……二人共、そのメモ用紙を手に持っていたまま発見されたんじゃよ」
公主からの説明が止まる。
いつも、穏やかな笑顔で厄除師達に接している雇い主。今は、苦虫を潰したような苦々しい顔以上の深い悲しみを露わとしている深い皺が刻まれている。
涙が出そうになったのか、咄嗟に顔を俯かせてしまう。
〈後悔〉という、悲痛が滲み出ている相手。
だが、宇宙は見逃さなかった。思わず、瞳孔が開いてしまったのだ。
公主が顔を俯かせる瞬間。深い皺ができた目尻、ほうれい線から皹が生まれ細々としたカケラが粒子として落ちているところを。
そして、最初の被害者と似ている内容で今回のシゴトは、いつもより出口の見えない難儀なモノだと宇宙は察した。
しかも、現時点で三人は命を落としている。
いつものシゴトは、【厄】の発生場所を教えて貰い、〈発生している共通点〉を何かを調べる。そして策を練って処理に向かう。
だが、今回は不可解なダイイングメッセージ以外の共通点が無い。分からず終いなので現時点では策を練りたくても、情報が無いに等しい。
正直な話し、現時点でお手上げなのだ。ーー絶望的に。
そんな状況下の中、いつもよりハードな案件内容にどう断ろうかと心の声を出さず、頭の隅で濁すように考えていた。その時。
「……そういえば、宇宙。さっき、私からのお気持ちは美味しかったかい?」
突然、前触れも無い話の切り替えだった。
たぶん、先程のお稲荷とお茶の件だろうと彼は察する。
「美味しかったですよ!……あれ?僕さっき、言いませんでしたっけ??」
先程の臨場感のある緊迫とした雰囲気の中で、この話しを出してくるのは不自然過ぎる。
数秒後、彼は嫌でも悟ってしまった。
(……まいったなぁ。コレは、この案件を断れなくなってしまったぞ)
シゴトを断れない為の、口実作りの策にハマってしまったと察してしまった時。もう、手遅れ状態になっていた。
後悔先立たずとは、この事。
「……派遣先って、何処になります?」
この状況下に逃げられないと分かってしまった宇宙。今後の生活費、家族のこれからの事を考えてしまい潔く、白旗を上げた瞬間であった。
その言葉に、口元をゆっくりと弧を描く公主。緊迫していた室内の空気が少し解れる。
そして、予想外な言葉を告げた。
「派遣先は、この現代の日本の【裏】じゃよ。宇宙」
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