第二章 よろず探偵事務所にて。

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 ◇◇◇  時が止まった瞬間だった。  まさか、公主からの空言。  それは、そうだろうッー!こんな時に、 「派遣先は、この現代の日本の【裏】じゃよ。宇宙」 なんて言葉を耳にしたら、 〈何を言ってんだッ!?馬鹿なの!そのおかしな日本語を直してこいよ!!〉 と心の中で罵倒したくなってしまった。  でも、ソコはグッ、と僕は堪える。今後の為にも。 「……宇宙。うちのシゴトは、この現代の世界国々だけでは経営が難しいんだよ。依頼は、毎回あったとしても一日で約五十件弱。その内国内では、約十件近く。 このままだと十二支の本家だけでは無く分家にも案件を広く渡す事ができないからねぇ。 こうして、別の世界からの依頼も承っているんだよ」  コレは、初耳だ!  まさか、うちの会社が〈別の世界〉からも案件を承っていたなんてッ!?と、その前に……   「……社長。僕、声出てました?」  できる限り、心の声も出さないように気をつけてた筈。なのに、タイミング良く疑問の答えが返ってきたのだから、今内心焦ってしまっている。もちろん、表情は営業の顔(ポーカーフェイス)のままでだ。  だが、この数秒間の沈黙は痛い。  しかも、読み取れない無表情は尚更、自身の神経擦り減らす。 「あぁ!声には出ておらんよ。 ただ、お前さんのがなんとなく出ている気がしてねぇ〜。ただ、それだけだから安心しなさい」  向日葵のような笑顔。声色は面白いモノを見たからこれで良いよ、って感じで普通に話してくる公主。  この時点で、〈僕という存在〉のあらゆるモノを完全に蓋をした。たぶん、今の表情は【無】になっているだろう。だって、この人。こちらの常識を斜め上を軽くいってるんだからさ。  だから、嫌なんだよ!このタヌキじじ……うん、何でもない。案件に集中しよ。 「この世にはね、普通の人間の裸眼では見えない〈層〉があるんだよ」  続けて、説明に入った公主に僕は息を殺し、更に集中させる。 「宇宙、〈平行線世界〉って聞いた事あるかい?」 「ええ!あります。と言っても、本とテレビ番組くらいしかありませんが。確か……今では〈異世界〉って言いますよね?ソレ。それがどうかしましたか?」 「うん、今の話しの流れだと〈異世界〉という話だけど……微妙に違うんだ」 「…………?」 「そうだのぅ……。例えば、この現代にミルフィーユという甘味があるだろう? その中で、とある一枚の生地が、〈この現代の日本〉。 ニ枚目の生地が、〈第二次世界大戦で勝利した日本〉。 三枚目の生地が、〈人間が存在しない日本という国〉。 など、ここで言う〈空想世界〉が実際存在しているんだ。ソレが何十、何百層も重なって出来上がっている。 私達は、それらの平行線世界を【空無の間】と呼んでいる。そしてこの現代は、一部にすぎないのだよ」 「それだと、僕達の住んでいる世界に影響が出ますよね?」 「そう!その通りなんだよ。だから、壁を作って普段は出入り口を閉じているだよ。 先程の例え話しに戻すが、ミルフィーユの生地の間に生クリームを入れて挟んでいるだろう? そのクリームの役割が、この現代の間でクッション代わりにしている、最初に言った〈見えない層〉って訳さ。 それに亀裂が入ったら修理にいくというのが、我々なんだよ。偶に、別件もある。だけど……」  ここで、喉を潰されたかのように言葉を濁らせる公主。またもや、珍しく表情が曇らせる。  僕は違和感を感じ、咄嗟に質問をした。ここまできたら心の声を出すより、〈現実〉に吐き出した方が良いと思ったからだ。 「……今回は、初めてのケースなんだ。 派遣先の、とある街の一部で行方不明者が出ている。こちらは【厄】かと思ったが、私達の知っている怨念の塊の厄と違うようだ……」 「……と、言いますと? だって、現場に行けば痕跡が少しでも残っている事があるじゃないですか?? そこから、分析して事件発生している〈共通点〉が出てくる……その後に処理ができると思いますよ」 「確かに、君の言う通り。怨念の塊が姿を一時的に隠したなら、痕跡が少しでも残る。 だが……、今回は、【全く無いのだよ】。宇宙」 「……ッッ!!」  この言葉を耳にした瞬間、〈危険〉、〈不可能〉という言葉達が僕の頭の中を支配した。緊張の糸が張り詰める。  事件発生場所は、まだ良しとする。別の世界だなんて、僕からしてみたらネタの宝庫(ご褒美)だし即行きたいくらいだッ!  だけど……、肝心な痕跡が残っていない。  つまり、八方塞がり。最悪なケースだ。  調べるにしても、良くて現場で共通点探しに時間がかかる。逆は、調査中に不意を突かれて【死】だ。あの三人のように ーー  これは、即死する確率が高すぎる。それに、僕は小説を執筆し続けたい気持ちがまだあるし、執筆し続けなければならないッッ!! (……やはり、今回は断ろう……!さっきの食事代は、後日支払う事を伝えなきゃな……。支払い金額は知らないけどさ)  この案件話しを聞いだけで、本当に先程よりお手上げ状態。心の中で深い溜息を吐く。 (支払い金額高いだろうなー……)と萎えながら直ぐに、目の前にいる公主に伝えようと口を開こうとした、その時。  公主は、僕の目の前に音も無く用紙を置いた。あまり見慣れない長方形の用紙。不思議に思い、思わず手に取った。 「……小切手?」  そこに記載された金額のゼロを、無意識に数えてしまう。  一、ニ、三、…………七ッッ!!??  (ーーーー 一千万円ッッッッ!!??)  いつもより、一桁いや……二桁多い金額が記載されている小切手。  視界からの情報が、あまりにも刺激的過ぎて脳内がオーバーヒートしそうになった。しかも、初めて見る金額。  一度、遮断しようと静かに瞼を閉じる。そして、考えた。  ーーコレを手にした瞬間。暫く、家計が潤うこと間違いない。  それに……また理由をつけて弟の嵐に、僕から借金をさせてコキ使って働かせる事ができる。あの、〈希少な能力〉はシゴトで使わせないと勿体ないんだよなぁ……。  でも……。今の状況下で闇雲に調査するだけでも絶対に、即死する!  しかも、この現代じゃない場所でだ!!  もし、僕がいなくなったら案件探しできるヤツはいない。つまり、神龍時家は赤字。存続不可能。  それに、半年後に提出しなきゃいけない連載小説も脱稿していない。同時に次回作のプロットもあと少しで完成できるのに!!  それに……僕は、耀さんにまだ……。  ここまである程度、纏った脳内緊急会議。答えが出た、この瞬間。 「社長。今回の案件ですが……」  僕は社長である公主に返答を伝えようと唇を開く。 …… ………… ……………… 「もちろん!お受け致しますッッッ!! いやだなぁ〜、社長。断る訳ないじゃないですかぁ。神龍時家はそこら辺の十二支と違いますからね〜」  その後、僕は満面の笑顔で今回の案件の契約書にサインをした。  僕の中で、〈ある計画〉が生まれた事を内緒で。
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