45rd glass

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45rd glass

「あ・・・」  変えられない過去とは折り合いをつけていこうと何度も心に決め、そしてことあるごとに刻み込まれた深い瑕を思い知る。  過去に引きずり込まれ過呼吸を起こしそうな予兆に、地央は意識的に息を吐き出した。  大丈夫。ゆっくり吐きさえしたら、自然と息は吸えるんだから。  過去は過去。  振り返ったところで、それは現在ではありえない。  だから何も怖くない。  例え酒を飲んだとしても、ここは田端の兄さんのカフェバーで、横に居るのは日本語の達者な外国人で、決して居酒屋でなければ、トイレで吐いたりもしてない。  そもそもあれくらいの酒で正体を無くしたりしないし、クスリを盛られるわけもないんだから。 「・イ・・ジョウブ?」 「・・・あ・・ぁ・・・」  そうだ、今俺の肩を持ったのも、あの犯人じゃなくて────誰だ?  あれ?  誰って・・・。  誰だっけ。  違う。  えーと、そうだ、俺は・・・黒川待ってんだった。  ハア・・・ハア・ハア・・・。  ああクソっ、息がうるせえっ。  は?  誰の? 「あ・・・」  振り返るとすぐ後ろにポッカリと開いた底知れない黒い穴。  そこから這い出してきた手に今にも足を掴まれそうになる。  違うっ!!  大丈夫。  ここは田端兄のバーだ。  息を吐き出せ。  肩を持ってるのはガイジンだ。  俺は今、黒川を待ってるんだ。  カフェバーでガイジンと話をしながら、待ってるんだろ? 「バオベイ?」  そう。それだ。ガイジンの、そう、中国だかマレーシアだか・・・クソ辛いもんを食わしてきた・・・そう、タイ人の─── 「───レン」 「ん? 気分わるい? アルコール回った?」  ダイジョウブ? キブンワルイノ? チョットヤスンダホウガイイヨ。クルシイダロウ。ラクニシテアゲルカラネ。  ネットリと撫でさするような不快な声は、これは、陽気なガイジンのもんじゃない。 「……レン……レン………」 「そうだよ。レン・シャーテインね。よろしく?」 「レン……」 「……平林くん?」 「!?」  ああ名前を。呼ばれたから。だから。  ソウダヨ。クロカワクンガマッテルカラネ。  そう言われたから。  それまで一緒に飲んでた相手の名前を言われたから、だから。  だから。黒川が、いると思って………。  なのに黒川は居なくて、いや、居たのか。  居ただろ?  だって俺、セックスをしたんだろ?  あの時。黒川と。  いや、違う。してないだろ。  だって俺は。  知らないおっさんに。  知らない。  おっさんに………っ。 「コッチ見てバオベイっ」  体を揺すられ上眼に視線を合わせた先には、愉快な筈の外国人の、真摯な瞳。 「ああ・・・クソっ」  体が震える。  心臓が飛び出して、どっかに走っていきそうだ。 「ああ、バオベイ可哀想に。ダイジョウブだから。ほら、息を吐いて。ゆっくりネ」 「紙袋いる? そこまでじゃない?」  レンがあやすように背中を撫でてくれているのはわかっている。  そう、これはレンなのに。  なのに。
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