27人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
45rd glass
「あ・・・」
変えられない過去とは折り合いをつけていこうと何度も心に決め、そしてことあるごとに刻み込まれた深い瑕を思い知る。
過去に引きずり込まれ過呼吸を起こしそうな予兆に、地央は意識的に息を吐き出した。
大丈夫。ゆっくり吐きさえしたら、自然と息は吸えるんだから。
過去は過去。
振り返ったところで、それは現在ではありえない。
だから何も怖くない。
例え酒を飲んだとしても、ここは田端の兄さんのカフェバーで、横に居るのは日本語の達者な外国人で、決して居酒屋でなければ、トイレで吐いたりもしてない。
そもそもあれくらいの酒で正体を無くしたりしないし、クスリを盛られるわけもないんだから。
「・イ・・ジョウブ?」
「・・・あ・・ぁ・・・」
そうだ、今俺の肩を持ったのも、あの犯人じゃなくて────誰だ?
あれ?
誰って・・・。
誰だっけ。
違う。
えーと、そうだ、俺は・・・黒川待ってんだった。
ハア・・・ハア・ハア・・・。
ああクソっ、息がうるせえっ。
は?
誰の?
「あ・・・」
振り返るとすぐ後ろにポッカリと開いた底知れない黒い穴。
そこから這い出してきた手に今にも足を掴まれそうになる。
違うっ!!
大丈夫。
ここは田端兄のバーだ。
息を吐き出せ。
肩を持ってるのはガイジンだ。
俺は今、黒川を待ってるんだ。
カフェバーでガイジンと話をしながら、待ってるんだろ?
「バオベイ?」
そう。それだ。ガイジンの、そう、中国だかマレーシアだか・・・クソ辛いもんを食わしてきた・・・そう、タイ人の───
「───レン」
「ん? 気分わるい? アルコール回った?」
ダイジョウブ? キブンワルイノ? チョットヤスンダホウガイイヨ。クルシイダロウ。ラクニシテアゲルカラネ。
ネットリと撫でさするような不快な声は、これは、陽気なガイジンのもんじゃない。
「……レン……レン………」
「そうだよ。レン・シャーテインね。よろしく?」
「レン……」
「……平林くん?」
「!?」
ああ名前を。呼ばれたから。だから。
ソウダヨ。クロカワクンガマッテルカラネ。
そう言われたから。
それまで一緒に飲んでた相手の名前を言われたから、だから。
だから。黒川が、いると思って………。
なのに黒川は居なくて、いや、居たのか。
居ただろ?
だって俺、セックスをしたんだろ?
あの時。黒川と。
いや、違う。してないだろ。
だって俺は。
知らないおっさんに。
知らない。
おっさんに………っ。
「コッチ見てバオベイっ」
体を揺すられ上眼に視線を合わせた先には、愉快な筈の外国人の、真摯な瞳。
「ああ・・・クソっ」
体が震える。
心臓が飛び出して、どっかに走っていきそうだ。
「ああ、バオベイ可哀想に。ダイジョウブだから。ほら、息を吐いて。ゆっくりネ」
「紙袋いる? そこまでじゃない?」
レンがあやすように背中を撫でてくれているのはわかっている。
そう、これはレンなのに。
なのに。
最初のコメントを投稿しよう!