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7rd glass
「あの、息子さんには、お世話になってましてっ」
とにかく何か繕わなければと口を開いた真直。
次の瞬間ソファーの方から聞こえてきた爆笑に目を向ければ、丸い青年が手を叩いて笑っており、その横では痩身の青年が苦笑を浮かべている。
瞬間その表情に思い当たるものがあり、斜め後ろに立っていた地央を見れば、そこには同じ表情があった。
「うちの父親は、あっち」
父親と示された浅黒い肌の青年はしっかりとした鼻梁を持つどちらかといえば野性味のある男前で、地央と顔の造作はあまり似ていないけれど、そう、確かに今のこの表情を見てピンときたのだ。
しかし幾ら似ている部分があったとしても、その姿はどうしても兄としか見えない。
「こちらは、父の後輩の、新沼さん」
後輩ってなんだ!?
あの人パパより若いってことか!?
いや、嘘だろ!!
「混乱するわなぁ。そりゃそうだわなー。誰がどう見たって、こん中で地央くんの父親ったら新沼さんになるよなぁ、あははは」
「うるっせーわ。バヤッさんが化け物なんだよ。アヅマ、さっさとモヤシ寄こしやがれ」
快活に笑う丸い青年を睨みつけて、新沼がリビングのテーブルに広げられたモヤシを示した。
「はいはい。お父さん」
「やめろ」
「あ、俺、手伝う!」
とりあえずのところ地央がカミングアウトしたというわけではなさそうで、老け顔の新沼は仏頂面が基本形のようだった。
御崎をあわせ3人がキッチンに籠ると同時に几帳面にテーブルを拭き始めた父が、地央に向けて説明を始める。
「おまえが家出てすぐ二人が引っ越し祝いに来てくれてな。御崎くんがケーキ持って来てくれたし、いっそ飯も作るってなって。新沼の飯美味いんだ。ああ、黒川くん、適当に座りなさい。地央もボーっとしてないで、飲み物持ってきて」
テキパキと動く父親の姿に、「父曰く、男子厨房に入らずは死語だ」と言っていた地央の声が蘇った。
「あ、はい」
それにしても若い。
その容姿は当節流行りのダンスボーカルユニットメンバーと言われても違和感を覚えることはないだろう。
「いつも地央が世話になって、ありがとう」
そう言って向けられる笑顔に覗くのは白い八重歯。
ハートを掴まれる女性もさぞ多いことだろうとついマジマジと見てしまい、何か言いたいことでもあるのかと問うように笑顔で首をかしげる相手に慌てて胸の内を吐露する。
「すごく、お若いんで、びっくりしました」
「ただただ威厳がないんだよ。俺が頼りないから地央にも苦労かけたし」
「黒川ぁー、紅茶とウーロン茶とコーヒーと水しかないけど……とっ、あぶねっ」
問うてきた地央が慣れない家具の配置に顔をぶつけそうになるのに、慌てて立ち上がりそうになった真直。
「ビビった。気ぃつけてね」
「おう。で、何飲むって?」
「あー、じゃ、ウーロン茶で」
「おう」
そう言って姿を消す地央の名残に視線を向けていた父親が再び真直に向き直った。
「地央の目のことも君には随分助けてもらってるんだろうな。留年してどうなることかと思ったけど本当にありがとう。黒川くんの話、よく聞いてるよ。ライフル、強いんだろ? 是非うちにスカウトしたいもんだよ」
「いやいや平林さん。うちにスカウトされてもライフルの技術活かせないよ」
アヅマが大きな盆を手に現れ、次いで地央がグラスとペットボトルを持ってやってくると、地央は当たり前のように真直の横に腰をおろす。
そんな些細なことにも真直の胸がホカリと温まることを、きっと当人は気づいてはいないだろう。
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