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第72話 社会人として
「漆島くん!ちょっとそこの注文書
取ってくれない?」
「え?これですか?」
「そう。ごめんね。
ありがとう。お待たせしました。
では注文内容をこちらにご記入お願いします。
お中元ですね。」
「はい、そうです。」
女性店員が、受付でお中元の受付の対応をしていた。その店員は、雪の上司だった。
お客様はボールペンを持ってお届け先などの個人情報を書き始めた。
ざわざわとお店は混み合っている。
ーーーー
高校2年の秋に
桜と瑞希と別れてから
2年の月日が流れていた。
行こうと思っていた大学にはお金問題や
両親の不仲により行けなくなり、
高校卒業で就職となった。
勤め先は地元のお菓子工場の調理補助として
雇われたが、不器用でのろまだと罵られて、
今では販売員として働いていた。
人と接するのは苦手だと思っていた雪は
意外とお客さんとのやりとりは楽しく
できていた。
石川亜香里は3年生の時にクラスが
バラバラになって、すれ違いになり、
別な彼氏ができたとあっさり振られた。
同じクラスになった亮輔と1年の時のように
過ごすようになって、
精神状態は前と同じになってきた。
きっと、寂しさのあまり亜香里に
執着していたのかもしれない。
他人の色に染まって自分でない
誰かになっていた。
雪は、社会人1年6ヶ月目になって
人の入れ替わりが激しく
まだ人間関係に慣れていない。
「齋藤さん、今、電話が入って、
お中元用セットをお願いしますと
言われたんですが、どうすればいいですか?」
「どうすればいいですかって
漆島くん、自分で考えて!!」
お中元の担当になったのは初めてのことなのに
齋藤部長はこの調子だ。
お客様の応対してるからと言えど、
新人が辞めていく理由は
この人の影響でもあるようだ。
社長がボソッとつぶやいてるのを
聞いたことがある。
「はい、わかりました。」
(ちくしょ、自分で考えろってか。
とりあえず、注文書にセット内容書けば
いいのか。住所の確認か…。)
調理補助の方は半年勤めていたが、
販売になってからは1年経つか経たないか。
この齋藤部長と同じ部署になるのは今月から。どんな人かわからずに接してるが、
この調子だと新人には面倒な人
なんだろうなと見受けられる。
自分の持っている経験を
頼りに今ある仕事をこなしていく。
上司の言うことはぜったいと思っていたが、
放置型の齋藤部長。
適当にやっておけば大丈夫だろうとたかを
括っていた。
「漆島くん!?
さっきの電話、社長の親戚だったってよ?
社長から電話あったよ。」
「え?それで何か問題でも?」
「問題も何も、社員割引適用でしょうが。
何、定価で販売してるのよ。
ちゃんと確認しなさいよ。」
(いやいや、あんたが適当にやれって言ったんだろうが、聞いても答えないくせによく言うよ。)
「あーーそうだったんですね。
すいません、連絡しておきます。」
ラミネートしておいた社員割引価格の表を
デスクから取り出した。
指差し確認で値段を確認する。
(というか、親戚って働いてないんだから
社員割引適用っておかしくないかな。
まぁ、社長の指示なんだろうけど…。
そういうのはっきり言って面倒なんだよなぁ。
えっと、お中元セットが
3500円が2500円に割引しますって
随分下げるなぁ。)
雪は値段を確認して、電話注文された
社長の親戚のお客様に電話で報告したら、
とても安く買えると喜んでいた。
それを聞くとちょっとほっこりする。
お相手が優しい方でよかったと
電話の受話器を持ちながら、
なぜかぺこりとお辞儀してしまう。
毎日、放置上司に振り回されているが、
なんとか1日をこなすことができていた。
学校と比べて同級生と一緒に過ごすより
社会人になっても1人で過ごす時間が
多かった。それでも慣れていたため楽だった。
孤独って大人になってもあるんだなと
納得する。むしろ、1人でいる方が楽だ。
お昼休憩は休憩室で耳にイヤホンをつけて
音楽を聴くのが日課だ。
窓の外を覗くと桜吹雪が舞っていた。
桜が散るのもあっという間だ。
早くお花見しに行かないとなぁと思った。
「あ、そうそう。
漆島くん、来週の日曜日。
仕事だよ。1人で販売行ってきて。」
「は?」
「だから、桜祭りあるでしょう。
ウチの会社、和菓子率高いから
三色団子と桜餅売らないとね。
みんな日曜日はそれぞれの桜祭りイベントで
販売行くよ。
漆島くんは、ここね。地図渡しておく。
あと、車は自家用車であとで
ガソリン代支給されるって。
あとは…出勤時間ね。
移動距離を考えると会社に7時に来てね。」
「ま、マジっすか。
はぁ…車で1時間…。」
手渡された目的地の地図を見ると、会社から
1時間はかかる距離だ。がっかりした顔をして、ため息をつく。
「ため息ついて…
どうするのよ。私なんて移動距離1時間半だよ。まだマシでしょう。」
齋藤部長は、自分の販売先を雪に見せた。
「確かにまだマシですね。」
「はっきり言うねぇ。
まぁ、いいけど。あとよろしくね。
さて、午後の勤務も頑張りますかぁ。」
齋藤部長はストレッチをして休憩室を
出て行った。
雪は、もう一度地図を見た。
結構大きな公園だ。
お客さんも出店もいっぱいあるところだ。
たくさんの桜を見られるだろう。
仕事をしながら、花見を楽しむことに決めた。
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