初シゴトその1〈カウンセリング〉

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初シゴトその1〈カウンセリング〉

◇◇◇  沈黙で耳が痛む室内。  湿気が妙に肌にまとわりつく、重い空気。時間がゆっくりと刻む。  (目の前の若い男は、無表情だしよ。それに切れ長の目がなぁ……冷たい感じだしよォ。あと背中まで長い一本縛りの髪型の男って……時代遅れっだっつーの!今時いねえぞ、そんな奴。 それに……この部屋、空気は妙に纏わりついて気持ちが悪いし) ━━まるで、お通夜みたいな空気だな……。  本間は、ひっそりと心の中で毒を吐いている中。目の前の青年は、ージッ、と射抜くような視線で、真っ直ぐと客人を見据える。 「……遠くから此方まで、足を運んで頂きありがとうございます。お初お目にかかります。私、《厄徐師》神龍時家当主【神龍時 海里(しんりゅうじ かいり)】と申します。宜しくお願い致します。では、さっそく……」  突然、テノール調の声が空気に溶け込むように響く中。  品定めされているのかと思うくらいの吊り目に本間の身体が強張る。  用件を話そうと口を開く。が、閉じる。そして、やはり今回の用件を話そうと小さく口を開く。が、また閉じてしまうの動作が続く。  客人は、迷っていたのだ。  こんな若造に、をココでして良いのか、と今だに決め兼ねていた。  その様子に気づいた、当主見習いの海里。 「……もしよろしければ、後日でもよろしいのですよ?」  一呼吸を置き、ゆっくりと言葉にする彼。  相手からしてみたら感情を読み取れない無機質に似た声色に、気難しそうな表情の青年。  せっかく足を運んで来たのに、目の前の相手が苦手だからという理由で帰るのは、苦労の水の泡である。  そんな無駄足は、嫌だというのが本音だ。 (だが……、こんな若者に相談して解決できるのか……?)  客人は更に困惑の森に迷い込み、口を更に固く閉ざす。  だが、このままだとと低迷中のままだ、と決断し思考内を切り替える。  そして、歯並びの良い口をゆっくりと開いた。 「……あの、先生。こ、今回は、から紹介されて此処へきたんですよ……私は」 「ええ。こちらも社長からを聞いております」    海里のその一言にて。一筋の光が差したと言わんばかりに、客人の目はこれでもかって言うくらい、カッと瞳孔が開く。  直ぐに感情のまま。目の前のテーブルから勢いよく身を乗り出すと用意されていた緑茶の入った湯呑が、ガタン!と音を立て中身が溢れる。  溢れた熱い緑茶が本間の太腿にかかったがだった。 「━━先生ッッ!!お……、お願いします!!た、助けてください!このままだと俺、……おれ……はッ!!」  余程切羽詰まった状況なのか。  表情がガラリと恐怖一色に染まる本間に海里は、無表情のまま僅かながら瞳孔が開く。  額から滝のように流れる油汗。頬を伝い重力に沿って落ち、太腿辺りのスーツを汚す。  そして、眼球の焦点が定まらず泳ぎっぱなしの相手。くるみ割り人形のようにガタガタと震え出し、言葉が言葉で無くなっていた。  先程まで一人称が《私》になっていたものが、素が出てしまったのだろう【俺】と言ってしまう始末。  最後は現実を拒絶するように顔を俯き、両手で自身の頭を抱えて頑なに沈黙に入ってしまった。 「本間様、落ち着いて下さい。今新しいお茶を入れ直しますので、少々お待ち下さい……」  このままだと、埒が明かないと判断した海里。 相手の精神面が落ち着くまで、席を外そうと切り替える。  新しいお茶を持ってこようと思い、立ち上がろうとした、その時。 「……私には、妻がおりました」  顔を俯かせたままの相手から漏れた、か細い声色。  一時沈黙をしていた唇が薄っすらと開く。  【何か】に押しつぶされているような、弱者が必死に地を這う声色。  空間内に、じんわりと響き消える中。  その様子に、海里は自身が今からする事を中断し、静かに正座をし直す。  その様子に察した客人は、一呼吸をし言葉を……ポツリポツリ、と小さく語るように続け始めた。 「……7年前の事です、妻と結婚したのは。私達は経済面が裕福ではありませんでした。けど、お互いに助け合って笑顔の絶えない生活を送れて。私は幸せでした。だけど……数年後、妻は他界しました」 ━━自殺をしてしまったのです。  その言葉を言い切った本間は、肺の底から吐き出すように長い溜息を漏らす。手に汗が握っている今。  そして亡き妻を思い出だしたのか、一筋涙を零した。 「すみません……、涙が。妻と過ごした日々を思いだしたら、つい」  苦笑しながらつつ、恥ずかしげに右手の人差し指で瞳から溢れた熱い涙を拭う相手。  それでも、涙が止まらない。  そんな様子に、見るにみかねた彼。懐からハンカチを出し、本間に「……どうぞ」と一言伝え渡す。 「ありがとうございます……。すみません、すみ……ません」 と、嗚咽しつつも。海里からの心遣いを手に取り、自身の涙を拭き取った。  すぐに、高ぶっている気持ちを落ち着かせようと再度、深呼吸をする。続きを話そうと思い、薄い唇が動かした。 ━━カタンッ……!
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