初シゴトその1〈カウンセリング〉

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 突然の音。  本間の後ろからだった。現在進行形で、二人だけしかいない、この空間内。  一筋の冷ややかな汗が本間の背中を、ゆっくりと撫でるように落ちる。音のする方向へ視線を送ると。  それは何の変哲も無い人が出入りする為の、ただの襖。  だが、音がしたのだ。━━無機質な小さな音が。無音となっている今。男の後ろに存在している襖は隣の部屋に繋がる出入り口だろう。ここで本間は、ふと思う。 (ん?案内された時……。前に仕事で見た、とある金持ちの家にも離れた場所にあったんだよなぁ……。それと同じように、こじんまりとした一部屋のみの<茶室>みてえだと思っていたが……。違っていたのか?)  小さく生まれた違和感。その妙な感覚はそれだけじゃなかった。 (それだけじゃ無い……、何で今。その襖から重っ苦しい、仄暗い底から這い上がるような圧を感じるんだ……?それのせいなのか、呼吸がしづれえ)  いつの間にかできている握り拳の中が、先ほどより汗が大量に出ている今。湿っていて、自分の掌じゃない感触に気持ち悪く感じた。  チラリと横目で相手側に視線を送ると。目の前の若い青年は、相変わらず無表情で機械のように無口のまま。しかも動じない正座姿に、自分の幻聴だったのだろう、と本間は考え直そうとした。 ━━ジ……ジジッ……。  (ん?何だぁ……今の??頭の中が一瞬、【何か】が掠れたような……?  まるで、映像(きおく)が一部途切れ……た……感覚?? ーと、言うべきか??)  突然、眩暈に近い砂嵐の映像。咄嗟に指で目頭を押さえた。 (こりゃぁ、疲労困憊してんだな……。そりゃそうだ……この数年、碌に芯の底から寝れてねぇからよ。だから、あんな幻聴と目眩が出ちまったんだなぁ……、俺は) 「本間様、どうかされましたか?」 「あ……いえッ!大丈夫です」 「それでは、話しは以上という事で……」 「せ……先生ッ!待ってくれッ!!ま……まだ、あるんだッッ!!あと少し……」  淡々と話しを切り上げようとする青年に、逃さぬように長着の袖の裾を力強く掴む本間。掴まれた箇所から力強い振動が、此方に伝わってくる。この世の終わりだと言わんばかりの怯えた表情。先程より濃くなり、顔色が青ざめを通り越して白くなっている。  その様子に、再び[話しを聞く体制]へと、ゆっくりと戻す当主見習いの彼。そんな相手を見て安心したのか、強張っていた表情が少し緩くなる。必死に掴んでいた手を離し、口元に持っていった後、一つ咳払いをする。 「……あ、えと。最愛の妻が〈自殺〉しました。そして葬儀を終え、暫く経った後の事です。━━私の日常が変わりました」 「……どのように変わりましたか?本間様」 「……あ、え……と。なんというか、上手く言えませんが物の[配置]が変わったんです。 私、今一人暮らしをしておりまして……最初は、気にも止めませんでした。でも暫く経ってから気づいてしまったんです……。ある日の朝、乱雑に脱ぎ捨てたスリッパが、夜帰宅するとキチンと揃えていたんです。それが何回か続きまして……」 「…………」 「なんだか怖くなって、数ヶ月家に帰らないでいると。私の携帯電話に〈非通知〉で着信があったんです。不思議に思い着信に出ると」 《 ━━浩樹サ……ン。ドコ 二 イルノ ? イマスグ ニ 会イタイワ……》 「アレは、間違いなく亡くなった妻の声でした。それだけじゃあ、無いんですッッ!! 数ヶ月前から宿泊しているで金縛りにもあってッ!!枕元に、妻がベッドの隅に座ってこちらへ微笑んでいたんです……。そして俺の……、首を撫でるんです……。両手を広げて、指の腹でゆっくりと絡めるように撫でて……喉仏を上下周辺を。特にッ!! もしかしたら俺を……殺そうとしてッ!?先生ッ!!……お……俺はッッ!!どうし……」 「本間様、落ち着いて下さい。とりあえず新しく煎れ直したお茶を飲んで、心を落ち着かせて下さい。……さぁ、どうぞ。お召し上がり下さい。こちらはなので」  目の前に座っている海里から勧められた[特別]という言葉に反応した男。直ぐに、目の前に置かれている湯呑みに手をつける。ここで、違和感に気づく。 (……?……どういう事だ?味がしない??いや、それだけじゃない!なんというか、上手く言えないが……) ━━この若造は、……??  そんな疑問の湧水が、少しずつ湧いてくる中。気になってしまい、目の前の青年に質問をしようと相手へ視線を変えた。
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