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おシゴト開始。
「……本間様。<生前の奥方様を、本当に愛していましたか?>今もそうなんですか?」
突然かつ、突拍子もない言葉だった。
前触れもない突発的な質問に唖然とし、先程の質問しようとした考えが霧のように消えていくのを感じた。
開かれた口と喉から出かかった言葉が退場しまう。とんでもなく馬鹿馬鹿しい内容に男は、面倒くさそうに態とらしく深い溜息を吐いてしまった。
そして、目の前にいる奴は独身だから《夫婦》というのが分からないんだなと察した。
(年上の俺が教えてやるか……!)
そんな考えに切り替わった瞬間。本間という男の態度もガラリと変わった。
正座だった姿勢が崩れ、胡座をかく体制になり。目尻がより下品に下り、片側の口角が上がる。
相手を小馬鹿にした表情と言うべきか。顎を上げ、鼻を高くし、視線だけ相手を見下ろすように海里を射抜く。
「……せんせぇー。さっきも言ったように俺は、妻を愛していたんですよぉ〜。愛しているから、籍を入れて《夫婦》になったんだ。そりゃぁ、今も愛してますよ!だから、今回の奇行の相談に来てやったんだぜ。こんなところまでよ。分かりますぅ?俺の言ってる事??」
態度が急変した男の言葉と大音量のドスの効いた間延びの声色が響く。
(これは……、意外だな。こんなにも早くも……か)
海里の瞳孔が、ゆっくりと大きく開かれしまう。相手の本性が早くもココで出るとは予想外だったからだ。
世の中には、〈一部見て知っただけで自分より格下だと決めつけ、【本性】が現れる者がいる〉と聞いた事がある。それは、浅はかな行為だと父方の祖父から教わった事があった。
「もし、そういう輩に会ったら反面教師として学びなさい。そして、世の中で一番警戒すべきは……ーー」
ふと、思い出した一部。
まさか初の当主シゴト中に、そんなヤツに出会うと思わなかった彼。
だが、警戒すべきはコレでは無い、と無意識に目を細めてしまう。
(……これが、《本間 浩樹》という男か……。ずいぶんと、まぁ……。複数人から話しが聞こえていたが……)
彼が冷めた考えをしていると露知らずの男。ニタァ……と底辺の人間を見る様な、薄気味の悪い笑顔をより濃くする。
そして、今まで澄ましていた〈いけ好かない青年〉が、狼狽えた姿に変わったと勘違いした今。満足したのか、相手を畳み掛けるように更に過去の武勇伝を話し続ける男。
壊れた蛇口から出る水の如く止まらない様子に、海里は更に無言でジィッ……、と相手を見つめていた。━━正確には、相手の後ろ側を。
カタカタッ……………!
またしても、本間の後ろにある襖からの蚊が飛ぶような小さな無機質な音。この空間内に溶け込む。
だが、相手の耳には届いてないようで。男の嫌味な講演会は機関車の如く加速する。
「せんせぇーさ、アンタ独身だろ?俺さぁ、分かるんだよねー!そ•う•い•う•の♪独身だから、こんな身の上話にどう返答したら分かんねぇーよな。分かるぜぇ〜!俺も独身時代、そうだったからさ。
だから、さっき無難な質問をしてきたんだろ?な?当たりだろ??」
終いには、ニタニタと卑らしく笑い頬杖しながら海里に指を差してくる本間。今だに、語り続ける中、小刻みに震える襖。
ーーカタカタ……、カタカタ……、
ーーカリカリ……、カリ……
徐々に存在が大きくなっていく音と振動。共に新たに生まれた異音の協奏曲。
本間は気づかずのまま、嬉々としながら話続けていく無常な時間が流れていく。
「《夫婦》って籍入れて暫くは良いのよ。し•ば•ら•く•は♪でも、色々と相手の事が見えてくんのよ〜。それでも、我慢するのが男の人生の勤めって感じぃーってな訳でぇ〜。
そうすればさ〜、ご褒美が待ってるからさ!!例えば、……」
「 『ーー 保険金とか 』 」
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