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二つ目は進路の意外性。
十二月。完全なる受験シーズン。私はかねてから希望の公立の進学校を受験することになった。そこが私のレベルに合っており、実力より少し上でちょうどやる気の出る程度の学校。推薦も考えていたがギリギリ届かなかった。内申は余裕だったが、過去のテストの分析データの点数が少し足りなかったらしい。
高橋くんも高確率で同じ高校を受験すると思っていた。実力が同じくらいであるし、理系が得意なので高専という可能性も頭にはあったが、きっと彼は大学進学を目指しているものだと勝手に思い込んでいたのだ。
しかし、もろくもその想像は崩れ去り、想像を遥かに超えた答えが返ってきた。
「高橋くん、北海道に行くらしいよ」
そう教えてくれたのは、同じクラスで、高橋くんと同じ中学校出身の真淵繭ちゃんだった。
何を言われいてるのか最初はよくわからなかった。引っ越すのだろうか、と単純にそう考えた。
「違う違う。進学でだよ。寮に入るの」
「何で北海道?」
そう聞かずにはいられなかった。だって、北海道といったら新幹線で行けるのだろうか。最寄りの空港からでも飛行機で一時間?二時間?もっとかかるかもしれない。行ったことがないから正確にはわからなかった。
「知らない?高橋くんって昔からアイスホッケーしてるんだよ。それで、強豪校はほとんど北海道なんだって」
アイスホッケーと言われてもすぐにピンとこなかった。この辺りで練習できることも知らなかった。スケートリンクがあるにはあったが、ジュニアのアイスホッケーチームがあるということだろうか。考えたこともなかった。
「特待ってこと?」
「いや、それはわかんない。噂で聞いただけだから。でもこの辺だとマイナースポーツだから、特待は難しいんじゃないかな」
特待ではないとなると、一般受験。北海道まで受験に行かなければならない上に、受かるかどうかもわからない。
「そう……なんだ。すごいね」
すごい、としか言いようがなかった。と同時に胸にぽっかりと穴が空いたような虚しさを覚える。すーすーひんやりとしたすきま風みたいなものが通りすぎる。地元の高校に進学しても彼はいない。同じ高校になることはない。
そうして彼は、見事に合格して北海道への進学が決まった。二月には決まっていたと思う。推薦、専願、私立一般などで二月中にはクラスの半分以上の進学先が決まっていたが、私は三月が本番だった。それは全く問題なかったが、受かっても落ちても、私の進学先に高橋くんがいないと思うと、なぜか寂しく物足りない気持ちになった。
卒業間際になって席替えがあり、高橋くんの隣の席になった。中学生最後の一年間で、こんなに近くの席になるのは初めてだった。期待していなかったのでうれしい反面、何でこんなときに限って隣の席になってしまうのだろうか、どうせすぐ離ればなれになるのに、と存在を信じてもいない神様を勝手に恨んだ。
「早瀬さんは公立志望だよね?」
高橋くんは私の気持ちなど知る由もなく、気さくに話しかけてくれる。だがそれも珍しいことだった。普段ならあまり話しかけてくることはない。避けることもないが、距離を縮めてくることもない。
ただ、そのときは突然、気さくに話しかけてきた。たぶん何かの気まぐれだろうが、それだけで私の心臓は飛び上がった。
「……うん。卒業してからじゃないと結果はわからないけど」
「だよな。公立組はそれが大変だよね」
「だね」
緊張しているわりには普通に会話ができたと思う。肩の力が抜けるような、そんな落ち着いた受け答えをしてくれる高橋くんに感謝さえした。
少年だと思っていた彼は、いつの間にか身長も伸びて、青年に近づいているようだった。
「高橋くんは北海道なんだよね?」
「うん」
「雪すごそう」
「俺が行ったときはまだそこまでじゃなかったんだけど、クロックスで行っちゃってさ、飛行機乗るときにしまったって思ったよね」
私は一瞬言葉を失う。
「……夏に行ったの?」
「いや、十二月。一月に行ったときはさすがに学んだ」
「えっと……、十二月のときはどうしたの」
「雪積もってたから足元ぐっしょぐしょ」
思わず苦笑いを浮かべる。少し身長が伸びたくらいでは、まだまだ大人になったわけではないようだ。
「それでどうしたの?靴買った?」
「近くのお店でスノーブーツ買った」
他人事なのに思わずほっとしてしまう。
「みんなスノーブーツっぽいの履いてたよ」
「そりゃそうだよね。雪国だし」
「この辺だとブーツはあるけど、スノーブーツ履く人とかいないよな?」
「確かに。そもそもあまり売られてない気が」
「そう、そうなんだよな。北海道だとその辺のお店に普通に安く売られてたから、ホント助かったわ」
そう言って笑う高橋くんの笑顔は、もうどこか届かないところにある気がした。雪の気配が見え隠れするたびに、彼の姿もちらちら見えたり見えなかったりする。もう、高橋くんはここにはいないのだ。
それが高橋くんとまともにしゃべった最初で最後の会話だった。
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