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東京の大学に進学したみんなで集まろうという話になった。そこに高橋くんも来ると聞き、急に緊張が走る。
高校とは違い、大学のアイスホッケー強豪校は東京近辺に固まっているらしかった。それは何となく聞いたことがあった。だから、東京進学が決まったときに高橋くんのことがふと頭をよぎったのだ。
SNSのライブ配信や、タイムシフト動画で高橋くんのアイスホッケーをプレーする姿を何度も見たことがある。世界が違いすぎて感想を言うのもおこがましいが、氷の上で生活しているみたいに馴染んで違和感がない。ずっと前からそこにいたみたいに、教室で見ていた高橋くんは仮の姿であったみたいに。
高校と違い、大学は特待で入ったと聞いた。想像もできないくらいがんばったのだろうと思う。だって、強豪校なら入学した時点で実力差がすさまじかったはずだ。私たちの地元ではかなりのマイナースポーツ、北海道とは全然違う。
会いたいような会いたくないような気持ちが今日までずっと共存していた。会ってもいいのだろうかという気持ち。彼ばかりが成長して、私は中学生のころから何も変わっていないような気さえしていた。
そもそも私のことを覚えているのだろうか。一学年六クラスあり、最後の一年間だけ同じクラスだった私のことなんて、まともに会話もしたことのない私のことなんて。
結局そんなもやもやした気持ちのまま今日この場に来てしまった。駅からイタリアンのお店に向かう途中で繭ちゃんに出会う。繭ちゃんとは高校も一緒だったが、理系と文系で異なりクラスは一緒になったことはない。だが妙な安心感を覚えた。
「涼夏ちゃん、久しぶりー」
「久しぶりー」
繭ちゃんはずいぶん赤ぬけてかわいらしくなっていた。茶色でゆるふわのミディアムロングヘアー。服装はガーリーなワンピースで森の中を歩く妖精さんみたい。
私は茶髪に染めてはいたが、無造作に下ろして軽くクリームを塗っているくらい。服装はわりとカチッとしたパンツスタイル。働き始めたら嫌でもこんな格好をするのだから、学生でする格好ではないな、と今急に思い始めた。
「繭ちゃん、ワンピースかわいいね」
「涼夏ちゃんは大人っぽい!」
「よく言えばそうかもしれないけど、今反省してたとこ」
「何を?」
「もっと学生らしい格好をしなければと」
「なにそれ」
繭ちゃんはきらきらと弾むような声で笑った。
いいなあ、文系の女の子っぽい。
「今日楽しみだね。全部で十人以上は来るらしいよ」
「そうなんだ」
それだけいると、高橋くんと話す機会は少なそうだ。たぶん私は女の子とばかり話す気がするし。
「半分以上は私らと同じ高校だけどね」
「でも同じ高校っていっても案外接点ないよね」
「わかる。涼夏ちゃんともそんなしゃべってないもんね」
「うん。理系と文系でクラス反対側だしなかなか会わない」
「だから結局、中学の同窓会みたいになるのかな?」
「そうかも」
私はほっとしたような、自分だけ誰ともしゃべれなかったらどうしようという不安とが、交互に押し寄せる。その後は必ず高橋くん問題にたどり着いた。
「早瀬ー」
お店の前近辺で立ち話をしていると、男の子三人が近づいてくる。声をかけてきたのは、今村くん。今村くんは小学校から一緒だったのでかなりほっとした。残念ながらその両脇の男性二人が誰なのかはイマイチわからず、顔を見ても思い出せなかった。
「今村くん、久しぶり」
私が手を上げると、彼は大きく笑って見せた。昔から感じのいい男の子だった。
「俺の名前で予約してるから入って待っとこう」
私たちは五人で中に入りながら、一番後ろで繭ちゃんに小さな声で尋ねる。
「今村くんの横の二人誰?」
「背の高い方が田中くんで、低い方が奏介くんだね」
「なるほど。顔しかわかんない」
「私はむしろ今村くんの名前が思い出せなかった。ほとんど奏介くんとしか連絡取り合ってなかったから」
私たちは目を合わせて笑い合った。
ドリンクを注文しながら他のメンバーを待ち、一人二人と増え、十人超えても高橋くんは現れなかった。もしかして高橋くんが来るというのは誤報だったのだろうか。私の早とちりだったのかもしれないと思っていた矢先、繭ちゃんがスマホ画面を見つめながら囁くように言った。
「あ、燿くんちょっと遅れて来るっぽいよ」
高橋くんのことを、いとも簡単に燿くんと呼べてしまう繭ちゃん、連絡先まで知っている繭ちゃんを羨ましく思うと同時に、嫉妬のような思いが膨れ上がる。私には決して呼べない下の名前。
「マジだ。連絡来てるね」
今村くんがそう言った瞬間、店員に案内されて一人の男子が入ってきた。
「ごめん、遅れたー」
「お、燿じゃん!ちょうど噂してたところだぞ」
登場した男の子は、間違いなく高橋くんだったが、身長がものすごい伸びただけではなく、ずいぶん筋肉がついていた。服を着ていても外見で一目でわかるくらいに。
私の知らない三年間がその姿に詰まっているように思えた。切れ長の目はそのままで、顔もあまり変わっていなかったが、ずいぶん大人びて見える。間違いなく彼女がいると思わせる独特の落ち着きがあった。
雪国へとクロックスを履いて行く彼は、雪のようにどこかで溶けて消えてしまったのかもしれない。
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